また「92年コンセンサス」を認めない民進党が与党となり、中国側は台湾の人々が「92年コンセンサス」や「一つの中国」に言及しなくなったことに危機感を覚えた可能性もある。そこで「92年コンセンサス」を重視する国民党や中国で活動するビジネスパーソンに、より中国の立場に近い条件を受け入れさせて、中国が考える「一つの中国」に台湾をつなぎとめようとする発想もあるだろう。
――台湾側で「92年コンセンサス」を重視する人たちは、中国側がその定義を厳格化すれば、台湾社会との板挟みになるといえます。
台湾で最初に問題となったのは、2015年に馬英九氏と習近平氏がシンガポールで会談したときのことだ。そこで馬氏は「『一つの中国』の内容を各自が表現できる」と明言しなければならなかったが、習氏はそれを言わせなかった。
これを受けて、台湾側では「92年コンセンサス」に対する中国側の考え方が変わってきたという認識が広がった。
台湾関係で主導権にこだわる中国の習近平
習氏は、台湾との関係で主導権を握ることにこだわっている。決めるのは台湾ではなく自分たちだという趣旨の発言をすることが多い。この発想は毛沢東を彷彿とさせるところがある。
当時の中国と台湾は今以上に遠い関係だったが、台湾海峡危機を起こしたときの毛沢東は自分たちが主導権を握ることにこだわっていた。その後、台湾海峡において主導権を握ることにこだわる指導者は現れなかったが、習氏は台湾問題を語る際に、主導権にこだわる傾向が強い。
そこには、アメリカとの競争が厳しくなるなか、強い態度を示さなければならないという使命感もあるだろう。また、習氏自身が毛沢東に近づき、それを超える偉大な指導者を目指す中で、台湾問題で主導権を握る姿を国民に見せたいという面もあるだろう。
ただ、習近平の対台湾政策にもその時々の状況に応じた調整が見られる。2023年には国民党の幹部らが複数回訪中し、馬英九氏も総統経験者として初めて中国を訪れた。
馬氏は総統退任後も「92年コンセンサス」の重要性を台湾で主張し続けている。そのため、中国を訪問した時には、「92年コンセンサス」の下で共に「統一」を目指すなどの発言を求められることも懸念されていたが、そのようなことは起きなかった。
むしろ、中華民国が大陸にあった時代の首都である南京を訪れた際に中華民国の歴史を語るなど、馬氏は自分が話したいことをそれなりに話せていた。ここから、中国側は選挙を控えた台湾の民意にかなり配慮をして、馬氏を接遇したことがわかる。
ただ、台湾の人々の対中認識や中台関係に対する考え方は蔡英文政権の8年間で変わった。また、米中関係を中心とする地域の国際情勢も近年大きく変わった。習氏が台湾民意に配慮し、仮に「92年コンセンサス」を認める国民党が政権を奪還しても、馬英九政権が誕生した2008年当時の中台関係に戻ることはないだろう。
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