10月9日、今年のノーベル経済学賞受賞者が発表された。米ハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授(77)である。授賞理由には、労働市場におけるジェンダー格差に関する研究が挙げられた。今回のノーベル経済学賞は史上初の女性単独受賞となる(女性受賞者としては3人目)。彼女は同大経済学部で女性として初めてテニュア(終身在職権)を獲得した研究者でもある。
ゴールディン氏は、筆者のメンターであり、かつロールモデルとして今も憧れる存在だ。出会ったのは、博士号取得後、最初に職を得たハーバード大に着任したときのこと。専門分野が同じ経済史であるため、1998〜2001年の在職中は毎週のように彼女が主催する経済史セミナーに参加していた。
セミナーでは毎回活発な議論が交わされ、彼女は鋭いコメントで報告者をたじたじとさせる一方、年齢・性別・国籍を問わず、経済史に関心を持つ研究者を温かく歓迎した。教育にも熱心で、経済史や労働経済学の分野で活躍する多くの女性および男性研究者を育成している。
本稿では、授賞理由として取り上げられたいくつかの研究の内容と特徴について、とくに経済史の観点から解説する。キーワードは、「U字型曲線」「コーホート分析」「静かな革命」「賃金格差」「チャイルドペナルティー」だ。
アメリカの女性就労200年の歴史
ゴールディン氏は1960年代にアメリカで生まれた計量経済史のフロンティアを走り続けてきた。実証分析はもちろん、データ収集にも天賦(てんぷ)の才能があり、「データは見つかるまで探せ」をモットーに、多様な資料を駆使して長期の時系列データを整備する。
その能力が遺憾なく発揮されたのが、1990年に出版された著書だ。アメリカの過去200年にわたる経済発展の中で、女性の就業率がどのように変化したかを解明した。
アメリカには1790年から10年ごとに実施されてきたセンサス(人口の全数調査)のデータ蓄積がある。同著書の研究の真骨頂は、さまざまな資料を用いてそのデータのバイアスを修正した点にある。そこで示されたU字型の曲線は従来の見方を覆すものだった。
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