また、「しっぴき」もおもしろい例です。普段は「いち・に・さん・しっ」と数えるわけですから、「しっ」に「ぴき」を付けて「しっぴき」にしてもよさそうなものです。
しかし、大人の話し方では、なぜか「ひき」に付ける時は「よん」を使うと決まっています。ちなみに、本書を執筆中、4歳になった下の娘が、「うちはしにんだねー」と言い出したのでびっくりしました。「よにん(4人)」を「しにん」と言ったのですね。娘は「よんこ(4個)」のことも「しっこ」と呼びます。
大人の言語では、単語と単語をくっつける時に、意味は同じでも特定の単語しか使えないことがあります。「し」も「よん」も同じ意味なのに、なぜか「よん」だけしか使えない時があるのです。
しかし、「し」を使ってはいけないという原理的な理由はありませんから、子どもが「しっぴき」や「しにん」と言うのもおかしなことではありません。しかし、こういった語の選び方なども、日本語を学ぶうえで自然と覚えていくものなのですね。
「どなべ」を「どばべ」と言っていた。なんで?
川原:同じような質問をみとがしてくれた。みと、これはお母さんが言ってたの? 自分で覚えてるの?
みと:ううん、覚えてない。
川原:じゃあお母さんが言ってくれたのかな。みとはポップコーンのことを「コッグポーン」、土鍋を「どばべ」って言ってたらしいです。
じゃあ、「どばべ」のほうがわかりやすいから、「どばべ」から考えてみようか。「どばべ」って何が起こったんだと思う?
── 「ど」は合ってるよ。
── 「な」が「ば」になってる!
川原:「べ」ってどうやって発音するんだっけ? 「ばびぶべぼ」って。
── 一回口を閉じる。
川原:そう、一回両唇を閉じるんだよね。「どなべ」の「べ」で唇を閉じるんだけど、その一個前の「な」でも唇を閉じちゃったんだね。
みとが「どばべ」って言ってた時、「私、最後の『べ』の音で唇を閉じよう」って思ってたんじゃないかな。そうしたら、ちょっと早めに前の音でも唇を閉じちゃって、「な」のところで「ば」の音が出ちゃったんだね。
*補 足*
この説明は実は不完全です。「どなべ」の「べ」の唇を閉じる動作だけが、「な」にコピーされたのであれば、「どまべ」になるはずです。
ですから、もう少し正確に言うと、「どなべ[donabe]」の「べ」の子音部分である[b]が、前の子音にコピーされて「どばべ[dobabe]」になったのです。ローマ字を習っていない生徒もいるので、授業では簡略化して説明しました。
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かわはらしげと / Shigeto Kawahara
1980年生まれ。1998年国際基督教大学に進学。2000年カリフォルニア大学への交換留学のため渡米、ことばの不思議に魅せられ、言語学の道へ進むことを決意。卒業後、再渡米し、2007年マサチューセッツ大学にて言語学博士を取得。ジョージア大学助教授、ラトガース大学助教授を経て、2013年より慶應義塾大学言語文化研究所に移籍。現在准教授。専門は音声学・音韻論・一般言語学。研究・教育・アウトリーチ・子育てに精を出す毎日。著書に『音とことばのふしぎな世界』『「あ」は「い」より大きい!?:音象徴で学ぶ音声学入門』など。
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