新幹線「新横浜駅」時刻表が物語る地位向上の歴史 開業以来の「停車本数」変遷を調査してわかった

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調査した時刻表は、東海道新幹線が開業した月に発売された11月号。1964年、1969年、1974年と、11月号を5年ごとにピックアップ(最後は2023年4月号)した。取り上げたのは平日1日に停車する下り、東京→新大阪方面の新幹線の本数(この駅止まり、この駅始発の列車もそれぞれ1本としてカウント)。

新横浜と比較するため、東海道新幹線の他の「のぞみ号」の停車駅の本数も調べた。雑誌に記載されているものを手計算でカウントしたものなので、数え間違いもあるかもしれないが、新横浜の発展ぶりがうかがえる結果となったので「新横浜ってすごいね〜」くらいの軽い気持ちで眺めていただけたら幸いだ。

当初の停車率は半分程度

開業当初の東海道新幹線は、停車駅が東京、名古屋、京都、新大阪の「ひかり」と、各駅に停車する「こだま」のみで、1時間に「ひかり号」1本、「こだま号」1本というダイヤだった。新横浜に停車するのは「こだま号」のみのため、停車する列車は東京の半分だった。

開業10年後、岡山まで延伸した1974年の新幹線時刻表を見ると、運転本数は約2.7倍となるも「ひかり号」中心の増便のため、停車率は47.37%と開業当初より若干下がっている。

さらに5年後、1979年の時刻表を見ると、新横浜に停車する「ひかり号」が1日1往復登場。ここから新横浜に停車する列車が増えていくのだが、新横浜を通過する「ひかり号」増発で停車率をみると37.78%と5年前より10%ほど下落するという結果に。

新横浜に停車する「ひかり号」が増え始めたのは国鉄が分割民営化されてJRグループに生まれ変わった1987年以降だ。1989年の時刻表を見ると30本近い「ひかり号」が新横浜に停車。1984年に41.86%だった停車率が64.76%と20%以上伸びた。

新横浜の駅としての認知度が大きく上がった理由の1つに1992年の「のぞみ号」の誕生が挙げられる。当時の「のぞみ号」は朝と夜の1日2往復しかなかった。そのうち東京を朝6時00分に出発する「のぞみ301号」の途中停車駅は新横浜のみ。名古屋、京都を通過する列車が「ひかり号」の一部が通過する新横浜に停車するとあって、新横浜という駅の存在がクローズアップされた。

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