賃上げでも「離職が減らない」残念な会社の盲点 ハーバードで学ぶ従業員満足度を高める方法

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いかにしてWTPを高め、WTSを低くするのか

では、賃上げによって従業員満足度が十分に上昇したとしましょう。そのとき、企業が従来の利益率を維持したいのであれば、その分を価格に上乗せする必要があります。その場合、顧客の離反を招かないためには、WTPをそれ以上に増加させる必要があります。それはどのようにすれば可能なのでしょうか。

おそらく、もっとも有効なアプローチは、生産性の向上によるWTPの増加というルートを辿ることです。WTSは職場の生産性、効率性に敏感に反応します。効率の悪い仕事に関与することほど苦痛なことはありません。仕事が効率的に進められ、高い生産性を上げることができれば、WTSは低下します。生産性の上昇は、従業員による顧客サービス品質の向上に直結します。あるいは、製品自体の品質向上やコスト削減に直結し、そのことがWTPの向上につながっていきます。

ある調査では従業員のウェルビーイングが高い場合、創造性が高くなるということが明らかにされています。このウェルビーイングは、職場環境の魅力度に大きく依存します。つまり、従業員満足度とほぼ比例していると考えられます。したがって、従業員満足度が著しく向上すると、従業員の創造性は刺激され、そのことがイノベーションにつながっていくことも期待されます。

もちろん、イノベーションの成功確率は高いものではなく、賃上げが即、イノベーションにつながると考えるのは短絡的です。しかし、少なくとも、長期的にはそれを期待することができます。しかし、イノベーションが起こるまでWTPの上昇を待つ必要はありません。ここで短期的または中期的には、生産性を向上させることにより、既存製品・サービスの品質向上、コスト削減に結びつけ、それらを通じてWTPが上昇するように働きかけていく必要があるのです。

このように賃上げとは、価格だけに関連しているのでなく、それを実施する以上、WTSを削減し、WTPを増加させるため、生産性を高めていくことが求められます。

つまり、WTP、価格、コスト、WTS、生産性は有機的につながっているのであり、このつながりを考慮に入れ、いかにしてWTPを高め、WTSを低くするのか、という観点から賃上げに取り組んでいくことが求められるのです。WTPとWTSを同時に射程に入れない賃上げは、決して成功することはないのです。

原田 勉 神戸大学大学院経営学研究科教授

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はらだ つとむ / Tsutomu Harada

1967年京都府生まれ。スタンフォード大学Ph.D.(経済学博士号)、神戸大学博士(経営学)。神戸大学経営学部助教授、科学技術庁科学技術政策研究所客員研究官、INSEAD客員研究員、ハーバード大学フルブライト研究員を経て、2005年より現職。専攻は、経営戦略、イノベーション経済学、イノベーション・マネジメントなど。大学での研究・教育に加え、企業の研修プログラムの企画なども精力的に行っている。主な著書に、『OODA Management(ウーダ・マネジメント)』(東洋経済新報社)、『イノベーション戦略の論理』(中央公論新社)、『OODALOOP(ウーダ・ループ)』(翻訳、東洋経済新報社)などがある。

 

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