被災地ボランティアの現実、炊き出しなど支援に奔走する仙台の生鮮食品販売会社社長に聞く【震災関連速報】

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--被災地の様子はいかがですか。

始めた当初は本当に物資が何もなかった。情報も錯綜していて、ツイッター情報があてにならなかったり。刻一刻と状況が変わるので仕方ないのですが、「●●を持ってきて欲しい」という要請に応えて現地へ着くと、時間差で自衛隊や自治体の物資が届いていたり。それはそれでいいので、次の目的地を目指しました。

避難所のリーダーの方々はPTA会長だったり校長先生だったりするのですが、1000人規模の大人を統率した経験がないので苦労されているようです。たとえば衣類は比較的多く届いているのですが、みな遠慮して受け取らない。ただ感染症も増えていますので、「お風呂に入れないなら、せめて清潔な衣類に替えましょう」とわれわれが言って、着替えを促しています。

--今後の課題は何でしょう。

避難所に関しては、だいぶ物資は行き届いてきましたが、避難者の方々の必要な物資も時間が経つにつれて変わっていくので、すべてが満たされた状態にはまだなっていないと思います。いまは乾電池や下着が不足しています。他の衣類に比べて、下着は新品でないとダメだろうと寄付される方が送付を躊躇するので集まらない。

また、避難所には物資が届いても、半壊した自宅にとどまらざるをえない方々には何も支給されていない地域がある。集落が全滅していないだけ幸運だと言われるかもしれませんが、石巻市の一部などではまだ発電機すらない場所もあります。そうした場所へも早く物資を届けて欲しい。街がゴーストタウン化してしまってはとりかえしがつかなくなります。

今回の被災で日本人に試されているのは、自分の資産を本当の意味で被災者と分かち合えるか、ということ。「余っているから」「使わないから」という物資の支援や、義援金の寄付だけでは、地域は復興できない。阪神・淡路大震災は都市型だったので、被災者が働く仕事が見つけられた。だが、東日本大震災は農業、漁業といった第一次産業が中心的にダメージを受けた。津波によって、人と、家と、さらに仕事まで流されてしまった。

地域を復興するためには、産業を興さなくてはならない。農業の高度化やテーマパーク化で地域に魅力を増し、東北地方を訪れる客を呼び戻したい。その手伝いをしていかなくては、と強く思っています。

(写真:山川 清弘)

※ファミリアやマルシェ・ジャポンの活動内容
http://www.marche-japon.org/area/0401/

山川 清弘 「会社四季報オンライン」編集部 編集委員

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やまかわ・きよひろ / Kiyohiro Yamakawa

1967年、東京都生まれ。91年、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。東洋経済新報社に入社後、記者として放送、ゼネコン、銀行、コンビニ、旅行など担当。98~99年、英オックスフォード大学に留学(ロイター・フェロー)。『会社四季報プロ500』編集長、『会社四季報』副編集長、『週刊東洋経済プラス』編集長などを経て現職。日本証券アナリスト協会認定アナリスト、日本テクニカルアナリスト協会認定テクニカルアナリスト。著書に『世界のメディア王 マードックの謎』(今井澂氏との共著、東洋経済新報社)、『ホテル御三家 帝国ホテル、オークラ、ニューオータニ』(幻冬舎新書)など。

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