デジタル・シティズンシップとは?
デジタル・シティズンシップという考え方は、International Society for Technology in Education (ISTE)が広めたとされています。
具体的にはISTEが作っているNational Education Technology Standard for students(NETS)の2007年改訂版の中でデジタル・シティズンシップについて言及され、、2015年には次のような定義を示しています。
「生徒は相互につながったデジタル世界における『生活・学習・仕事』の『権利・責任・機会』を理解し、安全で合法的かつ倫理的な方法で行動し、模範となる」というものです。
デジタル技術の利用を通じ、責任ある市民として社会に積極的に参加するための知識や能力といえます。
引用: International Society for Technology in Education (ISTE)「ISTE STANDARDS: STUDENTS」
また、上記記事では、以下のように説明されています。
「簡単に言うと、ICTのよき使い手になると同時に、よき社会の担い手になることを目指す教育です。今、インターネットが社会インフラとなり、若い人たちは普通にSNSを使っています。その現実を前提に、市民としてどう生きていくべきかを考えさせ、責任あるICTの使い方と社会への貢献の仕方をしっかり教えようというもの。つまり、ネット空間だけのシティズンシップではなく、『デジタル時代のシティズンシップ』を育てていく教育なのです。」
引用:デジタル・シティズンシップ教育広がる納得理由 | 東洋経済education×ICT | 変わる学びの、新しいチカラに。
つまり、ICT機器の活用を大前提とするGIGAスクール構想の実現に向けた、本質的な教育活動と言えるのです。
デジタル・シティズンシップの背景
現代の私たちの生活において、情報端末や高速大容量の通信ネットワークはもはや必需品です。現代の子どもたちの世代は、生まれたときからデジタル環境に触れている「デジタル・ネイティブ世代」ともいえます。
しかし、「デジタル・ネイティブ」であったとしても、新しいテクノロジーが生活にどのような影響をもたらすかなど、学校組織における児童・生徒としてだけではなく、社会を構成する一員として子どもたちが理解しているとは限りません。
Society 5.0は仮想空間と現実空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会を指します。この時代で生きていく子どもたちにとって必須となる、デジタル・シティズンシップ能力は、自然と身に付くものではなく、学んで実践する必要があるのです。
未来につながる実践的な学習活動としてのデジタル・シティズンシップ教育は、Society 5.0の世の中でよりよく生きていくための学びともいえます。
デジタル・シティズンシップ教育を受けるメリット・デメリット
現行の学習指導要領においてはデジタル・シティズンシップ教育に関する記述はなく、国内で使える教材や実践例は多くありません。現在のところ、経済産業省の未来の教室STEAMライブラリー内に教材があったり、Googleのデジタル・シティズンシップ教材が公開されたりしていますが、これまでの情報モラル教育やほかの教育ICT教材や実践例と比較するとまだまだ少数派です。
しかし、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議が2022年6月2日に発表した「Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ(案)」には「次期学習指導要領の改訂の検討においても、デジタル・シティズンシップ教育を各教科等で推進することを重視」と記載されていて、国としても重視していることがわかります。
また、GIGAスクール構想が進展している令和の時代においては、児童・生徒が1人1台の端末を活用しています。今までは校内に設置されたPCなどを複数人で共有・使用することが一般的でしたが、児童・生徒が自分一人で端末を使用するよう変化したのです。教育ICT環境を管理する立場である学校教職員や自治体などは、これまでの常識にとらわれず、未来の社会を見据えた考え方で適応していくことが求められることがわかります。
現行の学習指導要領に記載はないとはいえ、Society5.0の社会の中で求められるスキルになっていくことが考えられます。次期学習指導要領を見据えて、現行の学習指導要領と関連づけてデジタル・シティズンシップ教育を実施していくことは、未来の社会を担う子どもたちにとっては大きなメリットとなります。
海外におけるデジタル・シティズンシップ教育
デジタル・シティズンシップ教育の国際的動向の特色として、個人の心の問題としての道徳ではなく、「より善き社会、より幸福な社会の構築を目指して、みなで協力し、自己の意思で決定しつつ、責任あるデジタル技術の模範的・積極的利用を促す」といった教育が実践されています。
引用:竹内 久顕「GIGA スクール時代の平和教育 -デジタル・シティズンシップ教育との接点- p.55」
代表的なものとして、アメリカの非営利団体Common Sense Educationの教材「コモン・センスエデュケーション(Common Sense Education)」があります。アメリカの60,000以上の学校に勤務する60万人以上の教育者が利用しているこの教材は、ハーバード大学大学院の研究機関Project Zeroが2010年から研究・開発に着手した教材で、幼稚園児から高校3年生までを対象とされています。
教材は、動画、スライド、授業用資料などから成り、幼児期~高校3年生までのデジタルライフで直面する課題と関心に焦点を当て、デジタルジレンマの視点から作成されています。
日本におけるデジタル・シティズンシップ教育
次に日本におけるデジタル・シティズンシップ教育について見ていきます。誰でも活用できるような教材がネット上にあるほか、自治体が推進している場合があります。
誰でも活用できる教材
Common Sense Educationが制作したデジタル・シティズンシップ教材動画に日本語字幕を付けているものがYouTube上にアップロードされています。国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの准教授・主幹研究員である豊福晋平氏によるものです。また、いくつかの動画に関する児童・生徒向けワークシートや教師向けの指導テキストが保存されているGoogleドライブへのアクセスも可能で、授業ですぐに使えるようになっています。
デジタルシティズンシップ教材(日本語字幕版) - YouTube
自治体でのデジタル・エデュケーション
大阪府吹田市は、「吹田市ICT教育グランドデザイン」にデジタル・シティズンシップ教育を取り入れ、「責任を持って積極的にICTを活用する」「デジタル空間を公共の場と捉える」「立ち止まって考える」を3本柱に2021年度より市内の全小・中学校で授業を行っています。
授業では、『コモン・センス・エデュケーション』を活用し、「デジタル足跡とアイデンティティー」「プライバシーのセキュリティー」「メディアバランスとウェルビーイング」「対人関係とコミュニケーション」「ニュースとメディアリテラシー」「いじめ・もめ事・ヘイトスピーチ」の6つの領域で示されている力を義務教育9年間で身に付けていきます。
鳥取県では、インターネットの不適切な利用による問題の発生を学校全体で予防するため、デジタル・シティズンシップ・エデュケーターを内の学校に派遣し、児童・生徒を対象とした啓発授業の実施と併せて教職員研修を行っています。
鳥取市立若葉台小学校「デジタル・シティズンシップ 2021/09/01」
鳥取県「【教職員の皆様へ】鳥取県デジタル・シティズンシップエデュケーターを派遣(無料)します」
埼玉県吉川市では、2021年度から専門の支援員を配し、デジタル・シティズンシップ教育に力を入れている。子どもたちに加えて、教員や保護者にも研修・講義を行っており、表面的な使用法にとどまらず、それぞれの立場での意識改革を重視しています。
一方、学校図書館を中心にデジタル・シティズンシップ教育を推進しようとする自治体もある。長野県高森町だ。新学習指導要領では、学校図書館が『読書センター・学習センター・情報センター』という3つの機能を備えていることが前提になっていますが、この3つの機能を果たしている学校図書館は少ないのが現状です。
ほかにも岐阜県岐阜市、愛媛県四国中央市、埼玉県の戸田市や久喜市、長野県の一部自治体など、デジタル・シティズンシップ教育に舵を切る教育委員会は多くあります。
まとめ
次期学習指導要領の改訂の検討の中でも、「デジタル・シティズンシップ教育を各教科等で推進することを重視」と記載されました。
ここで注目したいのは「各教科等」という言葉です。情報や道徳といった教科・領域だけではなく、学校教育全体を網羅するような位置づけになるという意味では、GIGAスクール構想がさらに強固なものになっていくでしょう。ただ、世の中のICT環境の大きな変化も起きている中で、次期学習指導要領の実施次期(2030年代)ではたして間に合うのだろうかという疑問も残ります。
今後のGIGAスクール構想の進展を加速化させていくためにも、デジタル・シティズンシップ教育について注目していきましょう。
FREERIDE TEACHER (一社)エンターキー教育ICTコンサルタント
Teacher Canvassador
Google認定教育者レベル2
元東京都公立小学校主幹教諭。都内&小笠原諸島父島での公立小学校勤務から長野県白馬村へ移住。長野県内で公立小学校講師と白馬エリアを中心とした教育ICTのアドバイザーも(小中学校・自治体教育委員会など)務める。GEG Hakuba Valley 共同リーダー。