全階層で所得低下「共同貧困」に陥った日本の末路 日本人の給料が25年間上がらない「一番の理由」

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また、企業経営のあり方だけでなく、労働市場のあり方も日本の低生産性、競争力劣化の大きな理由だと考えられます。競争力を高め、生産性を上げるためには経済の新陳代謝が活発に行われなくてはなりません。そこで重要となるのが流動的な労働市場です。

いつの時代にも、経済には成長する産業や企業がある一方、衰退していく産業や企業が存在します。労働、資本、資金を衰退セクターから成長セクターにスムーズに移せるかどうかが、経済成長に大きな影響を与えます。労働市場が流動的だと、労働の再配置がスムーズに達成でき、高い生産性が実現できます。実際、労働市場が流動的な経済では生産性が高くなることはデータからも示されています。

労働市場の流動化は雇用を不安定にするのか

流動的な労働市場がもたらすものは生産性向上だけではありません。労働者個人にとっても大きなメリットをもたらすと考えられます。

よく、労働市場が流動化すると、雇用が不安定になると懸念されますが、むしろ逆です。流動的な労働市場では、個人が自由にそのライフスタイルに応じて働き方を変えることができるため、労働者にとって大きなプラスをもたらします。

流動的な労働市場とは、単に労働力の移動が活発というだけではなく、労働者が移動する自由が十分にある市場のことです。各個人が取り巻く事情や価値観にしたがい、働き方や生き方を自由に選べる市場が流動的な労働市場なのです。躍動的な労働市場と言ってもいいでしょう。しかしながら、現在の日本の労働市場は硬直的であり、働き方も生活も窮屈なものになってしまっています。

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日本経済はそれを取り巻く環境が大きく変化する中、自己改革を行ってきませんでした。日本企業は、安価な非正社員や技能実習生に代表される安価な外国人労働者に依存し、また、デジタル化など必要な投資を怠ってきました。その結果、生産性は低下、日本経済は30年にわたり凋落し続けています。その象徴が、25年間もの長きにわたって上がらない賃金です。

こうした閉塞状態から脱却するためには、労働市場の流動化を進め、市場において、生産性の高い企業が進出、生産性の上がらない企業は退出するという新陳代謝が行われる必要があります。日本の労働市場では特殊な雇用慣行により市場メカニズムがうまく機能しません。もっとも、これは労働市場に限った話ではありません。日本では資本主義が徹底されておらず、市場でしっかりと競争が行われてこなかったと言えます。

今、真に求められていることは、日本経済の凋落傾向を反転させ、日本経済を再浮上させることです。日本経済が今の閉塞状態から脱却するには、労働市場の流動化に代表されるように、競争的な市場環境を整備し、そのうえで、企業が付加価値を増加させることが必要なのです。

宮本 弘暁 元国際通貨基金(IMF)エコノミスト

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みやもとひろあき

慶応大学経済学部卒業、米ウィスコンシン大学マディソン校で博士号(経済学)取得。国際大学教授、東京大学特任准教授を経て現職。専門は労働経済学・マクロ経済学・日本経済論。著書に『労働経済学』(新世社)がある。

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