田中角栄は「赤字ローカル線」をどう考えていたか 「日本列島改造論」は新幹線以外も言及していた
夢の超特急とも称された新幹線をこれから全国に展開しようという明るい未来の話題に比べると、赤字ローカル線の存続問題は「赤字」というマイナスイメージを真正面に掲げざるを得ないためか、新幹線の話に比べてかなりコンパクトにまとめられている。
そもそも「開幕した新幹線時代」という項目名からはかけ離れた内容で、他にこの話をする適当な場所がないため鉄道つながりのこの位置で主張したのか、それとも「新幹線と在来線は一体としてそれぞれにふさわしい役割を担うべき」という主張の一環として、この項目で新幹線と同時に論じるのが妥当だと判断した結果なのか、著者の意図は明らかではない。
国有鉄道経営のあるべき姿を論じた
この短い項目にまとめられている同書の主旨を整理すると、次の4点に分けられる。
②赤字線を廃止すれば、その地域の過疎化と都市部への人口流入による過密化が進む。
③特に豪雪地帯では、鉄道の方が道路より有用である。
④全国の赤字ローカル線の運営によって発生する赤字額は国鉄全体を揺るがすほどのものではなく許容範囲である。
①については、赤字ローカル線の経営が当時の国鉄の収支悪化の要因の1つであると指摘されていたことに対する、田中の一貫した反論そのものである。田中は国鉄の単年度収支がまだ黒字だった昭和37(1962)年、運輸省内に設置されていた鉄道建設審議会(鉄建審)という諮問機関の会合で「私は、鉄道はやむを得ない事であるならば赤字を出してもよいと考えている」と明言している。このときの田中は、「採算のとれないところの投資をしてはならないということは間違いと思う。鉄道敷設法はそんな精神によって制定されたものと考えていない、鉄道の制度の考え方でペイするとかしないとか考えていたら、鉄道の持つ本当の意義は失われると思う」とも発言している。『日本列島改造論』の刊行はこれらの鉄建審での発言から10年後であり、鉄道の経営に対する田中の基本的な考え方は全くぶれていないことがよくわかる。
②は、同書が提唱する「都市の過密と地方の過疎の同時解消」を図るための工業再配置を後押しする交通ネットワークの整備理由の1つとなっている。最も重視しているのは新幹線だが、そもそも大都市圏以外の地方に鉄道を存在させること自体が重要であるとの考えが根底にある。第Ⅳ章の後半「工業再配置を支える交通ネットワーク」の冒頭で、次のようにそのことを真っ先に訴えている。ここでいう「地方における産業立地の不利をおぎなう」ための鉄道が、赤字ゆえに廃止の検討対象となっていたのが当時の事情であった。
「工業の再配置や地方都市づくりをすすめるためには、交通網や情報網の先行的な整備が欠かせない条件である。人、物、情報の早く、確実で、便利で、快適な大量移動ができなければ、生産機能や人口の地方分散はできないからである。地方都市や農村の多くは、産業に必要な労働力、土地、水を持っているが、大都市にくらべて、長年にわたって蓄積された社会資本にとぼしい。そこで鉄道、道路をはじめとする産業や生活の基盤をつくり、地方における産業立地の不利をおぎなうことが必要である」
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