新秩序の主役は「地域」 日米同盟一辺倒でいいのか
評者/帝京大学教授 渡邊啓貴
米国の世界的地位と影響力を相対化しつつ、世界秩序は多様なアクターによる重層的な多国間主義に向かっているとする本書は、日米同盟と米中対立の枠組みを軸とした日本の議論に一石を投じるものである。
著者は、いわゆる「米国主導のリベラル覇権秩序」が終焉を迎え、今後世界は、「別々のプロデューサーと役者たちがそれぞれのショーを同時進行させる」マルチプレックス・シアター(シネコン)のようになっていくと指摘する。
多様性を前提にさまざまな地域が自立しながら、地球レベルでの相互依存関係を持つ「複合型の世界(マルチプレックス・ワールド)」だ。直感的に同意する読者も多いだろう。イラク戦争の失敗から米国第一主義の台頭、ロシアのウクライナ侵攻まで数々の事例は、米国主導の、リベラリズムに支えられた秩序の限界を表している。
そもそも「米国主導のリベラル覇権秩序」というものがあったのか。アジア出身で米欧的価値観の絶対化を批判する著者は「リベラル覇権」そのものに懐疑的で、それは「神話」だと断ずる。
実際、米国的なリベラルは、厳密には米欧豪くらいにしか当てはまらない。またリベラル秩序は英米にほかの国々が同意して作られたとされるが、実際には「論争」と「強制」の結果ではなかったか。
新しい国際秩序の重要なアクターは、中国やインドも含む「新興国」あるいは「グローバル・サウス」や「第三世界」だ。著者はこうしたアクターの地域統合に期待する。経済の地域統合は世界の分断を促進するという見方に対して、著者は経済的グローバリズムの進行によって地域間交流は一層活発化すると考える。前世紀のブロック型経済とは異なる「開かれた地域主義」である。
こうした見方は評者の世界観にも近い。著者の言うマルチプレックスという概念を評者なりに言い換えると、軍事や経済関係に限らず、さまざまな領域が錯綜する複雑な相互関係に支えられた「多層化する多極世界」である(本書では地域を「極」として見ない)。著者は国家主権の弱い結びつきを前提とする、論争でも強制でもない、アジア的合意形成に期待を寄せている。
米国的リベラル世界に対する著者の悲観論の底流にはアジア的価値観が垣間見られ、その価値観に根差す多国間主義や非国家的要素への楽観的見方には賛否があるだろう。ただ、簡潔で読みやすい翻訳を通して、納得感を得る読者も多いのではないだろうか。
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