『イスラエルvs.ユダヤ人 中東版「アパルトヘイト」とハイテク軍事産業』 『ミッション・エコノミー 国×企業で「新しい資本主義」をつくる時代がやってきた』ほか
米ユダヤ人が弾圧を嫌悪 「占領の毒」は国内にも及ぶ
評者/広島修道大学教授 船津 靖
シオニズム(ユダヤ民族主義)に基づくイスラエルがパレスチナに建国されて74年。ヨルダン川西岸や東エルサレムの聖地占領からも半世紀が経つ。占領軍による住民への過剰な武器使用、強制移住、増え続けるユダヤ人入植者による攻撃など、悲惨な事例が次々に紹介される。
時節柄、ロシアのウクライナ侵略と重なる。日本では命がけの抵抗に首をかしげる声も聞かれたが、戦争に敗れ占領された民族に「平和」はないことを本書は教えてくれる。
占領する側にもその毒は回る。批判的な自国民や国際人権組織への弾圧は悪化の一途。自由と民主主義を掲げ独立した国が長期の占領で腐敗していく状況が描かれる。
占領地では物理的な迫害だけでなく、ハイテク監視の実験が行われている。AI(人工知能)を駆使した占領地の個人情報の監視は、イスラエル国内のアラブ人や欧米系人権団体に対しても使われる。「実験場」で磨かれた製品の輸出先は100カ国以上に上る。
例えば、NSOグループのスパイウェア「ペガサス」はスマホの全情報を盗み取ることが可能で、サウジアラビアのカショギ記者がトルコのサウジ総領事館で惨殺された事件でも使用されたと言われる。
この状況は永続するのか。カギを握るのが、表題の「ユダヤ人」、主に米国のユダヤ人だ。約7割が民主党系でリベラル。シオニズム支持だが占領には反対という人が多い。
米ユダヤ人の間では「アパルトヘイト(人種隔離)国家」化するイスラエルへの嫌悪感が増している、と著者は強調する。実際、アカデミズムでも両者の対立に関する研究が目立つ。イスラエルはロシア・東欧のユダヤ人が米国の支援で建国し発展してきた。米ユダヤ人の変化は「特別な関係」と呼ばれる両国の同盟にも影響しかねない。
左派の反シオニストである著者は、人権侵害に憤る余り、国際政治の客観的な分析が弱いのが難だ。評者は、イランが支援する右派イスラム主義組織ハマスの自爆テロが吹き荒れるエルサレムに記者として数年間住んだ。大規模な無差別テロがイスラエルの世論を急激に右傾化させていった。
双方の右派は「反和平」で利害が一致し、「暴力の悪循環」で立場を強化し合った。ともに和平派との権力闘争に勝利した結果がハマスのガザ支配であり、イスラエルの長期右派政権だ。
ことほど左様にパレスチナ問題は複雑だが、日本の専門家による「基礎知識」を収録した編集は読者に親切で理解の助けになるだろう。
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