罪深き「空白の20日間」 「財新」特約 疫病都市 第4回

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1月22日の武漢赤十字病院。廊下にまで患者があふれている(写真:財新)

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※前回『第3回 院内感染と「奇妙な規定」』から読む

新型コロナウイルスの院内感染により医療関係者が次々に倒れ、武漢は最悪の事態に陥りつつあった。

湖北新華病院の放射線科医の李雲華によれば、CT検査で新型肺炎の疑いが見つかるケースは、2020年1月初めは1日数件だったが、突如急増して1月10日に30件、19日には100件を超えた。

同病院のCT装置はオーバーロード状態でフル回転を続け、1月20日にはいよいよ限界に達した。「機器の動作がおかしくなり、たびたびフリーズした」。そう話す李は、目の前の現実にただ呆然とするしかなかった。

公式見解の軌道修正が始まる

そんななか、1月11日から17日にかけて湖北省の政治上非常に重要な人民代表大会および政治協商会議(両会)が開催された。その直前の6日から10日まで開かれた武漢市の両会の期間中、武漢市衛生健康委員会は新型肺炎に関する公式発表を更新せず、患者数は増えていないとしていた。

湖北省の両会の期間も同様だった。ただし唯一の違いは、両会閉幕の前日の1月16日、それまで「医療関係者への感染はなく、ヒトからヒトへの感染の証拠もない」としていた言い回しが「ヒトからヒトへの感染の明確な証拠はまだなく、可能性は排除できないものの、そのリスクは比較的低い」に変わったことだった。

医療関係者の感染に関する言及が消えたことは、それが実際に起きたことを暗示していた。しかしヒトからヒトへの感染リスクに関する公式見解は、事ここに至るも医療現場の深刻な実態とかけ離れたままだった。

当局の姿勢に変化の兆しが現れたのは、17日午前に両会が閉幕した後である。18日未明、武漢市当局は新型肺炎の患者数の公表を再開し、「16日に4人増加した」と明らかにした。翌19日未明には「17日に17人増加し、合計62人になった」とし、患者数の増加ペースが上がった。

だが、ヒトからヒトへの感染リスクは低いという間違った見解を、当局はいまだ引っ込めていなかった。

感染症の流行を阻止・制御するためのカギは、病原体がヒトからヒトへの伝播力を持つかどうかをいち早く見極め、タイムリーに対策を打ち、2次、3次と感染を重ねる歴代感染を遮断することだ。歴代感染が増えれば増えるほど流行の制御は困難になり、“スーパー・スプレッダー(通常考えられる以上の2次感染者を出す患者)”が現れるリスクも高まる。

実際に武漢協和病院の神経外科では、1人の入院患者が新型肺炎を発症した後、14人の医療関係者が次々に感染した。このことから、スーパー・スプレッダーがすでに出現した可能性も否定できない。

1月19日、武漢の大規模住宅団地の百歩亭社区では4万世帯の住民が集まり、旧暦の年の瀬の大宴会が催された。そのニュースを見た新華病院の李は、マイクロブログの微博(ウェイボー)に急いでこう書き込んだ。

「武漢のおじさんたち、おばさんたち。どうかマスクを着けてください」

しかし彼のフォロワーは数百人しかおらず、自分の存在感の小ささをただ嘆くばかりだった。

だが、事態はこの日から急展開を始める。19日夜、国家衛生健康委員会が新型コロナウイルス対策の指導プロジェクトチームをすでに1月1日付けで発足させたと発表。続いて20日未明、武漢市当局が患者数を更新するとともに、ヒトからヒトへの感染に関して「可能性は排除できないものの、そのリスクは比較的低い」との見解を削除した。

そしてついに、ヒトからヒトへの感染をめぐる空白の20日間に終止符が打たれた。1月20日夜、国家衛生健康委員会の専門家チームのトップを務める鍾南山が、中国中央テレビのインタビューで「ヒトからヒトへの感染は間違いない」と断言。同時に14人の医療関係者の感染を明らかにしたのだ。

同じく20日、国営通信社の新華社が最高指導者の習近平(国家主席兼中国共産党総書記)の重要指示を伝えた。習は新型コロナウイルスへの対応において「人民の生命の安全と身体の健康を最優先」し、流行の拡大を断固として食い止めるように命じた。

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