Bernard Maris●1946-2015フランス生まれ。ジャーナリストとして仏紙誌に寄稿。仏トゥルーズ大学で経済学を教えた後、仏パリ第8大学欧州研究所、米ロワ大学でも教鞭を執った。
洞察に満ちた資本主義批判
評者 北海道大学経済学研究院教授 橋本 努
人は「快楽原則」によって動く一方、その快楽を否定してしまう存在でもある。自己の内に「超自我」の理想を立てて、快楽よりも重要な文化的な事業を追求しようと企てる。だがそれでは人間は、「超自我」の重みに押しつぶされてしまうのではないか、というのが心理学者フロイトの懸念だった。
やがて第1次世界大戦を目の当たりにした晩年のフロイトは、人間には「エロス(快への欲動)」のほかに「タナトス(死への欲動)」があると考えた。たとえば「敵国を征服したい」という欲望の背後には、「世界をすべて無に帰したい」という恐るべき欲望があるのではないか。核戦争の可能性は、こうした世界破滅への欲望を想定するに十分なものだった。
「死への欲動」は、戦争のみならず、資本主義のシステムにも同様に当てはまるであろう。資本主義は人類を破滅に向かわせる装置である、というのが本書の視点だ。著者らによれば、20世紀初頭に活躍したフロイトとケインズは、こうした身の毛のよだつ洞察を共に持っていた。とりわけケインズは私たちの「貨幣愛」(すなわち「流動性への選好」)によって、健全な投資が抑制され、システム全体が停滞してしまうという点に注目した。加えて資本主義は、地代によって安易に稼ごうとする不労所得者たちを生み出して、しだいにシステム全体の活力を奪っていく。むろん、では資本主義の下で勤勉に働く人が増えればよいのかといえば、そうでもない。勤労道徳もまた「生の享受(エロス)」を引き延ばして疎外を招いてしまうからである。勤労もやはり「死への欲動(タナトス)」に突き動かされている。
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