私は何度も死を間近にした。人より世の中の本質を知っているので、いろいろな社会人を相手に話をする機会がある。今回は本題に入る前に昔のことから話をさせてもらおう。
小学校1年生のころ、祖父が亡くなった。私が生まれつき半身不随だから、祖父は「一緒に連れて死にたい」と言っていたらしい。成人したって生きていけない、と思ってね。「おじいちゃんは、おまえのことを心配しながら死んでいったんだ」と周辺から聞かされて育った。
厳しい人生が待っているという自覚はあった。だからこそ、自分自身の力だけで生きていきたい。小学校低学年で、もうそういうことを意識しながら生きていた。
5年生のとき、父親が亡くなった。熊谷市(埼玉県)の職員だった父はそこそこの地位にいたが、「俺は将来、たばこ屋をやる」と話していた。おそらくそれは私のため。たばこ屋は国の規制に強く守られていたから、1回開業できれば安定した収入が得られる。それを息子に継がせれば、生きていけると。
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