あの「スーパーマン」を黒人俳優が演じる必然 理由は決して「ポリコレ」への配慮だけじゃない

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ふたつめは、ストーリーやキャラクターを新鮮にするうえで、シンプルな手段であること。おなじみの設定も、主人公の性別や人種が変わるだけで新鮮に見えるもの。

最近も、ワーナーは『オーシャンズ11』のスピンオフとして女性キャストの『オーシャンズ8』を作ったし、ディズニーは『パイレーツ・オブ・カリビアン』をマーゴット ・ロビー主演でリブートする企画が進行している。近作の中で一番の成功例は、ソニーの『スパイダーマン:スパイダーバース』だろう。

主人公はピーター・パーカーではなく、マイルズ・モラレスという名の黒人の高校生。さらに実写でなくアニメという手法を選んだ本作は、過去のシリーズにはない斬新な雰囲気を持ち込んだ。一方で、ピーター・パーカーやメリー・ジェーンなどおなじみのキャラクターもちゃんと登場し、これまでのファンも楽しめるようになっている。

批評家からも高く評価された本作は、2019年にピクサーの『インクレディブル・ファミリー』やディズニーの『シュガー・ラッシュ:オンライン』を制し、アカデミー賞の長編アニメ賞を受賞する快挙も果たした。

苦戦を強いられてきた「スーパーマン」映画

あえて設定を大胆に変える試みに、スーパーマンは特にふさわしいキャラクターだ。クリストファー・リーヴがスーパーマンを演じていた時代からすでに40年。

今の観客はますます、もっと自分に近い、「ヒーローらしくないヒーロー(unlikely hero)」「ヒーローになりたがらないヒーロー(reluctant hero)」に共感を覚えるようになってきている。そんな中、正義感にあふれた、潔癖で明るいスーパーマンは、共感を覚えづらくなってきた。

結果、近年のスーパーマン映画はその知名度に反して、苦戦を強いられている。ブランドン・ラウスのスーパーマンは、シリーズ化を想定していながら『スーパーマン・リターンズ』(2006年)の1本で完結。

ヘンリー・カヴィルのスーパーマンは『マン・オブ・スティール』(2013年)の後、『バットマンvsスーパーマン』(2016年)や『ジャスティス・リーグ』(2017年)に登場したものの、どれも万人受けするものではなく続編の製作も滞ったままだ。

どうすればアメリカで最も高い知名度を持つヒーローを面白くできるのか? 誰もが考えあぐねていたわけである。

だが、スーパーマンを黒人にすれば、それだけでこれまでの映画の雰囲気とはガラッと変わる。主人公や主要キャラクターの脇に追いやられていた黒人が、完全無欠のスーパーヒーローを演じるわけだから、きっと過去作品にはない新しい視点や発見に満ちた作品になるだろう。つまり、白人だったキャラクターを黒人にするというのは、ポリコレへの配慮だけではなく、映画の質やビジネス面でも意味をなす決断なのだ。

こうした例は、ハリウッドで今後ますます増えていくはず。2018年の『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』で若き日のランド・カルリジアンに抜擢されたドナルド・グローヴァーも、映画公開当時の筆者とのインタビューで「ハリウッドの未来に、それ以外の選択肢はない」と語っていた。

「映画をたくさん見てきたからわかるけど、映画では同じ話が繰り返される。リベンジ物語だったり、恋愛物語だったり。そういうものを作り続けるうえで、同じに見える人を出したら、同じになっちゃうんだよ。ハイスクール物にしても、たとえばカニエ・ウエストの高校時代の話だったりしたら、新鮮じゃないか?」とグローヴァー。

ただし、同時に「白人男性の視点は、もう十分あったというだけ。それが悪いというわけではない」とも付け加える。それも事実だ。

だから、スーパーマンも、白人と黒人、両方いていいのである。カヴィルはまだまだスーパーマンを演じたいと言っているし、そのうちふたりのスーパーマンが共演する映画もできるかもしれない。意味のないこだわりを捨てたことで、映画の未来への可能性は大きく広がったのだ。

猿渡 由紀 L.A.在住映画ジャーナリスト

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さるわたり ゆき / Yuki Saruwatari

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。

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