「レンブラントは誰の手に」に見る絵画の魔力 人間模様が錯綜するドキュメンタリー映画

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それゆえに真贋の検証作業に「自分がイカれたのかと不安にもなります」と正直な真情を吐露するひと幕もあるが、それでも資料などを丹念にひもときながら、「この絵画がレンブラントの作品である」という真実を探求していく。

そんな中、「相談相手は慎重に選ばなくてはなりません」というヤン・シックス11世は、レンブラントを専門とする美術史家エルンスト・ファン・デ・ウェテリンク教授に協力を仰ぐことに決める。だが、ここから彼の身に「こんなはずじゃなかった――」という事態が襲い掛かり始める。

レンブラントは人々を魅了する一方、翻弄もさせる

この話とは別に、フランスの富豪ロスチャイルド家が何世代にもわたって所有していたレンブラントの2枚1組の絵画『マールテン・ソールマンとオープイェ・コピットの肖像』が1億6000万ユーロ(約200億円)という高値で売りに出された顛末も描き出している。

『マールテン・ソールマンとオープイェ・コピットの肖像』は婚礼を機に描かれた肖像画で、2枚が対になっている ©2019DiscoursFilm

めったに市場に出回らないこの絵画の獲得に名乗りをあげたのは、フランスのルーヴル美術館と、レンブラントの作品を多数収蔵するアムステルダム国立美術館。しかし、それがいつしか、絵の価値などわからない国の要人までが乗り出す事態に発展してしまう。貴重な絵画を国外に出したくないフランスと、レンブラントの故郷に絵画を迎え入れたいオランダ。国をあげた攻防の結末はいかに――。

ホーヘンダイク監督はこの映画について、「プロットと役柄がはっきりと描かれたシェイクスピア劇のようなものを作りたかった。主役陣はみな、誰もが共感できるような明確な動機を持っています。レンブラントの絵画への深い愛、社会的地位の獲得、国家のプライドなど、動機はさまざま。これは教育のためのドキュメンタリーではなく、むしろフィクションの映画であり、見る者が物語を追いながら思わずドキドキしてしまうような内容です」と語っている。

「光と影の魔術師」と呼ばれ、リアリズムに彩られたレンブラントの作品の数々は数百年の時を経てなお、多くの人々を魅了してやまない。この映画には生々しい話も多く登場するが、レンブラントについて語るときは皆、実にしあわせそうな表情をしている。なぜレンブラントはこれほど人々を魅了し、時に人々を狂わせるのか。このドキュメンタリー映画は、そんなことを考えるきっかけとなりそうだ。

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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