教育YouTuberとして絶大な人気を誇る葉一さんは、東京学芸大学を卒業後、営業職、塾講師を経て、2012年からYouTubeチャンネル「とある男が授業をしてみた」をスタートさせた。現在も自宅のある群馬県の高崎市を拠点に、日々授業動画を撮影し、全国に配信を続けている。今やチャンネル登録数は100万人超。公式サイト「19ch(塾チャンネル)」では小・中・高校生を対象にした2000本以上の動画をすべて無料で視聴できる。

葉一さんが、手書きの板書を大切にする理由

――8年前というと、今ほどYouTubeは知名度も人気もなかったと思います。そんな中、なぜ教育動画を始めようと思ったのでしょうか。

正社員の塾講師として個別指導塾で働いていた経験が大きく影響しています。個別指導塾は集団塾より月謝が高いので、塾に行かせたくても行かせられない家庭を見てきました。まさに、所得の差で子どもたちが選べる教育が限定されてしまうのを目の当たりにしてきたのです。よく教育の機会は平等だというけれど、実際は平等ではない。僕はそこがどうしても割り切れなかったのです。

いい授業を受けるにはお金を出すのが当たり前という業界で、それはイコールであってはならない。子どもたちを教育のフィールドで幸せにするにはどうしたらいいのか――。そう思い悩んでいた頃に出合ったのが、黎明期のYouTubeでした。もし、ここに自分が授業動画を投稿したら、子どもたちは無料で好きなだけ学ぶことができる。そう思い、翌日から投稿を始めたんです。

――以来、8年余り。葉一さんの授業動画は今、多くの子どもたちに利用されていますね。手応えを感じるまで、どのくらいかかったのでしょうか。

最初の半年は地獄でした。手探りの状態で試行錯誤の繰り返し。反応が出てきたのは1年くらいかな、間違ってなかったなと思ったのは3年目くらいですね。

僕の動画はクリックすると、ホワイトボードに問題が書かれていて、解説しながら答え合わせをしていく内容になっています。ですが、15分の動画でもフルに見る必要はありません。

動画は反復学習に適したツールだと思っています。自分の好きなところだけ、解説を聞きたいところだけをドラッグして見ることができる。問題と解説を交互に見ながら、自分のペースで勉強することもできるのです。中には、学校で受けた授業でわからなかった部分を補強するためのサポートツールとして使っている子どもたちもいます。

――動画は、対面授業の補完にも使えるということですね。反復学習できるという点では、基礎学力をつけるのにも役立ちそうです。葉一さんは動画を作る際、ユーザーが飽きないよう、また理解を深めるために気をつけていることやこだわっていることはありますか。

僕の授業動画は編集していません。例えば問題が10問あって、9問目で解説をミスすれば、一からやり直します。1本の動画は15分で収めるようにしていて、仕上がりについても、自分なりの評価として80点を超えたものしか投稿しません。80点を超えていなければ撮り直します。

授業内容は、「この動画で何を学べるのか」がわかるよう強弱をつけていて、話し方も営業職の経験から間の取り方に気をつけています。沈黙って怖いんですが、間って重要なんです。取りすぎると間延びしてしまいますが。昔は、対象学年によって話すスピードを変えていましたが、再生スピードが変えられるようになってからは気にしていません。

さらにYouTubeは、最初の5~6秒が勝負といわれていて、動画をクリックしたときに最初に見える“板書のきれいさ”にはとくに気をつけていますね。実際の動画では、自分は映さずに、板書だけ映るようにしています。きれいな板書を見て「これなら頑張れそう」と思ってほしくて。

小6・算数「速さの表し方1 基本編」
中学3・数学「相似と面積1 基本編」

――実際、動画を見てみると「最初」の重要さがよくわかります。今は、板書を中心とした授業に否定的な人もいますが、葉一さんは、板書を大切にされているんですね。

かつて板書をしながら授業をしていたこともあるのですが、授業時間が長くなり子どもたちが飽きてしまう。だから、先に板書はしておいて、授業時間を短くしました。校長先生の話などで、いつ終わるかわからなくて途中で飽きてしまう子どもっていますよね。最初に板書がしてあると、ゴールがわかって、子どもたちも集中しやすいんです。1本の動画で1板書にし、授業で答えを埋めていく……1つの美しい作品を作るようなつもりで作成しています。

何より、僕は手書きの力を信じています。電子黒板のほうが使い勝手がいいのかもしれませんが、授業は人間味のある血の通ったものであってほしい。板書は字を詰めすぎると見にくいので、行間やスペースのほか、フォントにもこだわっています。少し丸みがある字体にすることで、男女どちらにも親和性のある字体にするよう心がけているんです。

もともとは男っぽい字なんですが、それだと女の子の気持ちが離れますし、丸字すぎると今度は「男性の丸字ってアホっぽい」と男の子と保護者に敬遠される。塾時代の子どもたちに聞いて改良を重ねてきたのですが、実際僕の字でやる気が出るという子どもたちもいます。手書きだから、伝わるものがあるんです。

教育改革を止めるな「動画教材作り」のポイント

――コロナ禍の休校で、動画を使った授業に対する関心が一気に高まりました。新型コロナウイルスは、いまだ収束の兆しが見えませんが、教員向けに動画教材作りのポイントについて教えてください。

最初に、動画で何を学べるのかを明確に伝えましょう。どこからスタートし、どこがゴールなのか。そこを明確にしたほうが、子どもたちは授業についていきやすくなります。

あと、時間にとらわれないこと。通常の授業のように動画も45~50分にする必要はありません。時間を分割して、1回5~6分程度でやってみてください。動画は「あと何分」という残り時間が表示されるので、そのほうが子どもたちは授業に集中しやすくなります。

オンライン授業であればチャット機能をうまく使うのもいいと思います。学校によっては使ってはいけないというところもありますが、普段の授業で手を挙げられない子でも、チャットなら発言できる子がいる。しかもチャットを書くとき、子どもはインプットからアウトプットへ切り替わります。インプットだけだと飽きるので、うまく使ってほしいですね。

休校中、先生からの相談があって思ったのは、先生は教育のプロであり映像授業のプロではないということ。後ろめたさがあるのか、自信なさそうに授業をしていて、先生が楽しく授業をしていてもわからない。映像の場合、通常の対面授業の2~3割増しで作らないと伝わらないんです。だから、いい意味で“演じる”こと。授業の雰囲気をつくるためにも、先生は割り切って演技してください。

また、今の子どもたちはびっくりするくらい目と耳が肥えているので、機材をそろえること。撮影はスマホでもクリアに撮れますが、手ブレやピントが合っていないといった見え方に気を使うのと、できればピンマイクを買ってほしいですね。ピンマイクを使うと画像と音声をつなげなければならないので編集ソフトが必要になるのですが、無料ソフトもあります。高い機材を買う必要はありませんが、画面が見えにくい、音が聞こえにくい動画はかなり敬遠される可能性が高くなります。

映像授業に慣れていないので「YouTuberのほうがわかりやすい」と言われることもあるかもしれませんが、リアルを知っている身近な学校の先生だからこその特権もあります。そういう意味では、普段のキャラクターとは違った先生が動画で見られると「見てみようかな」と思うかもしれない。例えば、いつもの先生のイメージとは異なる私服で授業をするのも意外といいかもしれません。

そして動画作りでは100点を目指さないこと。完璧を求めすぎると、3日ともちませんし、逆に“THE授業”になってしまってつまらなくなってしまいます。

――現在、学校では1人に1台端末を整備するGIGAスクール構想が急ピッチで進められていますが、学校のICT化についてはどのように評価されていますか。

学校が再開されてから、動画の授業は消えうせ、ほとんどの学校が対面授業に戻りました。コロナ禍でせっかく教育改革が盛り上がったのに、それがまた停滞しようとしている。確かに対面のよさはありますが、動画を副教材として使うなどミックスした授業があってもいいですよね。動画を使いたい、作りたいと思う先生が自由に動ける流れは今つくらねばと思っています。

あとICT化は、地方にこそメリットがあるはずです。地方は閉鎖的なところがありますから、それを開放させるのにも有効だと思います。地方と都市をつなげて授業をするのもいいですし、もっと地方からICT化の成功事例を発信してほしいですね。

――一方、葉一さんは、YouTubeを通じて日本の教育をもっと底上げしていきたいと話されていますね。

公教育である学校と、塾・通信教育に続く、3本目の柱をつくりたい。これまでの教育では支え切れなかった子どもたちに、無料で受けられる教育ツールという選択肢を浸透させていきたいですね。

さらに、学校の先生の社会的地位をもっと向上させていきたい。都会だけでなく、地方にもすばらしい先生はたくさんいらっしゃいます。僕の動画チャンネルを通じて、学校の先生が生き生きとした授業を発信してみたいなとも思っています。その結果として、子どもたちを幸せにしたい。それが僕のミッションだと思っています。

葉一(はいち)
1985年生まれ。東京学芸大学卒業。教材販売会社の営業職、全国展開する学習塾の講師を経て、2012年からYouTubeチャンネル「とある男が授業をしてみた」を配信。小3から高3まで数学を中心としながら5教科に対応。経済的事情から望む教育が受けられない教育格差の解消を目指し、活動を続けている。公式サイト「19ch(塾チャンネル)」では小・中・高校生を対象にした2000本以上の動画をすべて無料で視聴できる

(写真提供:葉一さん)