「ビジネスで必要な読解力」がない人の根本原因 名文を読んで学ぶだけでは限界がある

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●悪い例3(主語が不明瞭な文章)
毎日が苦しい。生きるのさえもつらくなる。周囲の人と同じ仕事をしている。それなのに派遣社員というだけで、給与は正社員の3分の2に満たない。それでは暮らせない。
ひろ子さん(32歳)の毎日はその繰り返しだ。一度、腹を決めて職場の上司に願い出たことがある。だが、派遣会社と交渉してくれの一言で終わった。気持ちはわかるが、うちも余裕がないので我慢してくれと言う。もちろん、派遣会社は派遣先の個別の状況については親身になって話を聞いてくれない。
記者がひろ子さんに接触したのは、それからひと月ほどしてからだった。真面目そうな態度と疲れのにじんだ表情が印象的だった。もうこれ以上は耐えられない。社会に訴える必要がある。それが記者に連絡をとった動機だった。

このタイプの文章を書くのはほとんどがプロだろう。それなりに工夫が凝らされている。だから、個人的なエッセイでこのような文体で書くのはよいだろう。

だが、正確に伝えるという意味では、このような文章は失格だ。ビジネス文書にこのような文体を用いるべきではない。

誰の気持ちなのかがわからない

この文体の特徴は、書き手がほかの人の心の中に入り込んで、その気持ちを書いていることだ。

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修辞学では「自由間接話法」と呼ばれ、書き手が自由に登場人物の心の中に入ったり、出たりする表現法だ。20世紀の文学作品では多用されてきた。

しかも、主語をぼかす形で書いているので、それが誰の気持ちなのかがよくわからない。書いている本人としては文学的なつもりだろうが、曖昧でぼんやりした、わかりにくい文章になる。情緒に流され、主客が明確でなく、論理的に文章を展開していない。

このような文章を読むときは、主語は誰なのか、どこからどこまでがその人の言葉なのかを整理しながら読む必要がある。

そうして補足しながら読むと、以下のようになるだろう。

●補足修正例
派遣会社に登録して働くひろ子さん(32歳)は、毎日の生活に苦しさを感じている。勤め先で周囲の人と同じ仕事をしているのに、派遣社員というだけで給与は正社員の3分の2に満たないという。
生活に不安を覚えて、一度、腹を決めて職場の上司に願い出たことがあるが、「派遣会社と交渉してほしい」と言われただけだったという。もちろん、派遣会社は派遣先の個別の状況については親身になって話を聞いてくれない。ひろ子さんは、社会に訴える必要があると考え、新聞社に連絡をとった。
それからひと月ほどして、私が接触した。ひろ子さんの真面目そうな態度と疲れのにじんだ表情が印象的だと私は思った。
樋口 裕一 多摩大学名誉教授

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ひぐち ゆういち / Yuichi Higuchi

1951年大分県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、立教大学大学院博士課程満期退学。フランス文学、アフリカ文学の翻訳家として活動するかたわら、受験小論文指導の第一人者として活躍。現在、多摩大学名誉教授。通信添削による作文・小論文の専門塾「白藍塾」塾長。250万部の大ベストセラーとなった『頭がいい人、悪い人の話し方』(PHP研究所)のほか、『頭がよくなるクラシック』『頭がいい人の聞く技術』『65歳何もしない勇気』(幻冬舎)など、著書多数。

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