「中国の黒人差別」メディアが報道できない理由 広東省では黒人を袋叩きにする中国人も露見

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しかし、日本ではゴールデンタイムで中国の黒人排斥問題の深層を分析し、細かくルポする報道は見られなかった。正義に基づいて人種や差別の問題に取り組むのがメディアの役割であるならば、中国を放置してアメリカだけをクローズアップするのは不公平ではないか。

「知ってはいたけれど、何しろ記者自身が実際に黒人排斥の現場に居合わせず、取材できなかった」との弁明も聞こえてきそうだ。新型コロナでの取材自粛はあっただろうが、これは中国において外国人記者の行動が厳しく制限されていることの証左でもある。

自由主義の国家では、小さな町の出来事が全世界の抗議デモの起爆剤になりえる。これに対し、独裁国家は扉が閉め切られた状態で、自国民だけでなくあらゆる人間を対象とした「ドメスティック・バイオレンス」が横行している。メディアはこの事実を注視しなければならない。制限が設けられていたならば、事件後に掘り出しに行けばいい。

今回の黒人排斥問題ではそれもなかった。だから、「やはり日本のメディアにはチャイナマネーが浸透している」「経営陣とトップ層が中国に忖度している」などと疑われるのだ。そして、当の中国は今やアメリカの人種差別批判の急先鋒となっている(参考記事「中国のアフリカ人差別でばれたコロナ支援外交の本音」)。

いずれ「中国の婿」に

中国政府の黒人対応は多面的だ。山東大学は昨年、黒人留学生に中国人女性3人の「学伴(学習パートナー)」を付けるよう奨励した。「将来を見据えた人的投資になる」と、大学当局は女子学生を説得していた。アフリカからの留学生は、帰国した暁に中国人夫人を同伴し、政財界で出世すれば、「中国の婿」として中国との関係強化に貢献できる。

かつて漢王朝は匈奴に、唐王朝はチベットの王に皇帝の娘を「和親政策」として嫁がせていた。遊牧民の軍事力に屈服した後の屈辱的な生き残りの戦略で、この時の関係も現代中国の領土拡張の根拠の1つとされている。いわく、「匈奴(きょうど)も吐蕃(チベット)も中国の婿」だからだ。差別されている黒人たちが「中国の婿」になれば、いつしかアフリカも「中国の核心的利益」の一部とされるかもしれない。

日本メディアははたして、こうした中国共産党の対黒人政策の本音を見抜いているのだろうか。

<本誌2020年6月30日号掲載>

楊海英(Yang Hai-ying)
静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など。
「ニューズウィーク日本版」ウェブ編集部

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