「不倫で番組降板」がアメリカではありえない訳 政治と芸能を「同価値に扱う日本人」の奇妙

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では、なぜアメリカの観客は「不倫したスターを出すな」と怒らないのか。『MEG ザ・モンスター』『ヒステリア』などのプロデューサーのケネス・アチティさんは、「スターのセックスライフなんて、どうでもいいことだからですよ。LGBTの権利が広く受け入れられてきた今では、なおさらです」という。

それは納得だ。「文春砲」が現政権の汚い秘密を暴露するのと同じように、芸能人の私生活の秘密を明かす日本。影響力を持つ雑誌が「政治スキャンダル」と「芸能ゴシップ」という真逆のテーマを同程度に扱う結果、日本人の多くが両方に興味を持ち、同じ重みを持っている。

アメリカでは、政治スキャンダルや芸能ゴシップネを扱う媒体はまったく別で、そこにははっきりとした線がある。ゴシップ専門の雑誌やサイトにまるで興味がない人は、それらの“ニュース”を知らないし、知りたいとも思っていない。ゴシップの需要が十分あるかたわら、それらをいっさい読まない人もたくさんいるのだ。

また、アメリカ人にとって「しょせんはよその家の中のこと」という認識が強いのも関係しているだろう。不倫は当人たちの問題であり、ほかが立ち入る領域ではないという考え方だ。裁判所ですら立ち入らないのである。

アメリカでは離婚において「有責」という概念がなく、どちらが悪かったかは関係がない。すなわち、慰謝料も存在しない。ハリウッドスターが離婚で多額のお金を払ったというニュースは時々出るが、それは慰謝料ではなく、財産分与だ。不倫をしたのは向こうなのに、稼ぎが多いがゆえに不倫されたほうが財産を払うはめになるということも、しょっちゅう起こる。不条理な話だが、それこそ、ふたりの大人の間の問題である。

差別に怒るアメリカ人、不倫に騒ぐ日本人

人種差別発言は、世の中に悪影響を与える。みんなが良い方向に変えようと努力している今のような時代は、なおさらだ。そんな勢いに水を差し、時代を逆行させるような発言をしてしまったら、謝罪し、正さなければならない。差別の対象となる人々にも、傷つけたことをお詫びしなければいけない。

一方で不倫は外に迷惑をかけない。だからアメリカのスターは、「プライベートな話はお断り」と言えばすむ。雇う側も気にしない。前述のアチティさんも、「ある俳優が不倫をしたとわかったところで、キャスティングを変える必要は微塵も感じない」と言っている。

もちろん不倫は人として、いけないことだ。道徳的に間違っているし、身近な人、愛する子供を傷つける行為である。だが、それは本人が一生、肩に背負っていく個人的な罪。外部は決して、それを「裁く」権利をもたないのだ。

猿渡 由紀 L.A.在住映画ジャーナリスト

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さるわたり ゆき / Yuki Saruwatari

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。

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