勝負師が語る「流れに乗れる・乗れない人」の差

桜井章一「流れを止めると運は逃げていく」

そして相手がリーチをかけたからと言って、逃げたり降りたりしない。あくまでも自分の上がりを目指しながら、場を荒らさない範囲で勝負する。それで振り込んでしまったらそれは仕方ない。

私が主催する雀鬼会では、「よい振り込みをしなさい」と教えている。流れの中では自分ばかりが上がってばかりはいられない。相手に振り込むことで自分も含めて全体の流れができる。それを雀鬼会では「よい振り込み」と呼んでいる。

「よい振り込み」を心がけてごらん。必ずそのうちに自分に「よい上がり」がやってくる。逆に「悪い上がり」もある。先ほどのようにスジで引っかけたり、ダマで張って当たったりした場合だ。汚い上がり方を続けると、不思議に流れが遠ざかっていく。当面の目先の点棒は稼げるけど、長い勝負ではそういう人は必ず負けのほうに沈んでいく。

麻雀は確率のゲームではない

麻雀は頭で考えているだけでは強くはなれない。そこには理屈を超えた「流れ」というものが必ずある。

麻雀は確率のゲームだという人がいる。テンパるとき、できるだけ当たり牌が多いほうが上がる確率は高い、と。あとは当たり牌がすでにたくさん出ている場合は、上がれる確率が少なくなり、まだ出ていない牌を当たり牌にするほうが、確率が高く上がりやすいと考える。

確率で考えれば確かにそうだが、場の流れを考えたとき、あえて両面待ちにせず、不利なペンチャンやカンチャン待ちでリーチをかけることが往々にしてある。するとラスの1枚をすんなりツモったりするのだ。繰り返すが、麻雀は流れのゲームだと言っていい。決して確率のゲームではない。その流れを早く読み、その流れに素直に乗れた人が勝つ。だからその流れを止めたり、逆らったりしてはいけない。

雀鬼会の麻雀は、その流れをみんなで作り出すことを大事にする。自分が上がることばかりを考えるのは、最もレベルの低い打ち手ということになる。その意味で、雀鬼会の麻雀はさまざまな作法や取り決めがあるけれど、自分の前の捨て牌の「河」にも気を遣う。

なぜなら自分の手配は自分の世界だけれど、捨てた河はみんなの目にさらされる公の部分だ。手牌ばかり大事にするのではなく、公の場も大事にしなさいと教えている。むしろ公の場にこそ気をつけなければならない。

捨てる牌だからと言ってぞんざいに扱ってはいけない。たまたま自分には不要の牌だっただけ。だからポンやチーをされたら、「人の役に立つことができた」と喜ぶべきことだと教えている。

ところが、得てして自分の切った牌が泣かれると、「泣かれてしまった」と残念がるわけだけれど、そんなのは論外だ。自分の切ったものが相手の役に立って、場がそれによって流れ、循環している。そういうことを実感するのが、麻雀の醍醐味なのだ。

自分だけが上がるのではなく、みんなが協力し合って上がりを目指す。それこそ本当の麻雀であり、美しい麻雀だ。ところが損得ばかりを考えている現代の人たちは、その発想もなければ感覚もない。そんな世の中だからこそ、流れを感じることができる感性、感覚を磨くことが大事なんだと思う。

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