「〇〇美術館展」にたいした作品が来ないワケ 美術展の裏側はいったいどうなっているのか

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作品借用料という名目ではなく、「メセナ(企業によるアートの支援事業)」の形を取る場合も多い。

例えば、パリのポンピドゥー国立芸術文化センターの手前にある「ブランクーシ・アトリエ」は、1997年に東京都現代美術館で開催された「ポンピドー・コレクション展」の開催のために朝日新聞社が約3億円を寄付したお金で修復された。その入り口には、「朝日新聞の支援によって修復されました」という銘板がある。

「ブランクーシ・アトリエは朝日新聞の支援によって修復されました」と刻印されている(写真:『美術展の不都合な真実』より)

パリのギメ東洋美術館には経団連の寄付を書いた銘板があり、ルーヴル美術館には《モナ・リザ》の展示室など数カ所に日本テレビの寄付が書かれている。

いずれにしても新聞社やテレビ局は億単位の大金を払い、「〇〇美術館展」を日本で開催する権利を得る。もちろん「ルーヴル美術館展」や「大英博物館展」は日本で何度も開催されているので、そのたびごとにテーマを選ぶ。

例えば「肖像画」「風景画」「子供」「ヌード」などのテーマを毎回ひねり出しては、展示する。それでも1カ所に大金を払えば、そこの美術館からの作品だけでできるので、企画の手間としては楽ではある。海外の美術館と日本のマスコミが大きなテーマを話して合意に達すれば、その館は具体的に貸し出す作品を選ぶ学芸員を指名する。

「個展」はこれほど難しい

対して「個展」では作品をどう集めるか。例えばセザンヌ展を開催するとしよう。正直に言って、日本でこれを一からやるのはかなり難しい。日本で所蔵されているセザンヌの数は少なく、海外の何十カ所の美術館との交渉が必要だが、日本にはそれをできる学芸員もマスコミの事業部員もまずいないからだ。

これがパリのオルセー美術館が「セザンヌ展」をやるとなったら、話が違ってくる。19世紀の印象派の画家の作品を所蔵するこの美術館には、多くのセザンヌ作品があり、世界各地の有名美術館とのつながりも強い。たちまち各館から作品が集まって開催となるはずだ。

だから日本でのセザンヌ展は、このオルセー美術館の企画を早めに知ってそのまま日本への巡回をしてもらうか、あるいは外国人の著名な監修者にお金を払って作品を集めてもらうかだろう。どちらにしてもお金で解決するしかない。

そして実際に開催となっても大変だ。各地の美術館からの出品は作品輸送費も嵩むし、貸し出す美術館ごとに作品輸送に同行する担当者「クーリエ」のビジネスクラスでの招待が必要になる。ロシアや中南米ではよくあることだが、美術館によっては1点につきかなり高い借用料を取るところもある。

かつて同僚が「ケルト美術展」を東京都美術館で企画したことがあった。チェコ人の著名なケルト美術専門家を立てて、20近くの美術館から作品を借りる手間はとんでもなく大きかった。

開催1年半前には、その専門家と欧州各地の美術館を回って交渉をしていた。それから各美術館の要望を聞きながら運送会社や保険会社を手配する。開催直前のクーリエの航空券の手配だけでも大変だし、作品と同時に彼らが到着するとその対応に追われていたことを思い出す。

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