日本と「世界の経営学」がこんなにも違う理由 「大学で教える経営学」は本当に役に立つのか
入山:おっしゃるとおりで、「考える軸」を持つことは大切ですよね。僕も『世界標準の経営理論』でさんざん「思考の軸」と書いていますし、とても共感します。
一方で、あえて議論のためにスタンスを取るとすれば、経営学をピュアに学問だとすると、「学問なのだから、重要なのは『知』を膨らませることであって、別に実社会に役に立たなくたってよいではないか」という考え方もあるのではないでしょうか。
例えば私が今、研究しているのは、インド企業と中国企業のどちらがどういう条件で賄賂をするかというもの。これはおそらく実社会には1ミリも役に立ちません(笑)。
「面白い」と「役に立つ」が同じベクトルか?
井上:そうでもないと思いますが。入山さんは知的好奇心から研究するとしても、それをほかの人が面白いと思えば、きっと役に立ちます。
入山:井上さんはいい方だから、ポジティブに見ていただければそうですね。問題はその「面白い」と「役に立つ」が同じベクトルかどうか。
ノーベル物理学賞を受賞された梶田隆章先生が、取材であなたの研究は役に立つのかと聞かれて、「役に立つ必要があるの?」とあっさり答えられたというエピソードがあります。ここは重要なポイントで、素粒子衝突実験装置のリニアコライダーを国家レベルで巨額の費用をかけて作っても、当面は役に立たない。
これは企業のイノベーション施策と似たところがあり、「業務に直結」と言い出した途端に、斬新なアイデアが生まれなくなる傾向があると思います。でも、素粒子衝突にしても何にしても、長い目で見ると、結果的にそういう役に立っていないように見えたものの蓄積の一部が世の中で役に立つ可能性がある。
そう考えると、私の経営学へのスタンスは純粋に好奇心から組織や人間の行動を説明したい、というものです。しかも私はデータ解析が好きなので、それをデータで検証していけばよい、という入り方です。「役に立つ研究をやる」ことに自分の興味はありません。
他方で、先人たちの教えの中で役に立ったり、思考の軸になるかもしれないものが、経営理論としてそれなりに普遍化されつつあるのも事実。「興味のあるビジネスパーソンは、それを思考の軸にしてみてください」というスタンスで書いたのが、今回の本なのです。
井上:入山さんはご自身の研究と、一般向けの書籍の執筆などを分けて考えていらっしゃるわけですね。普通は研究結果を社会に発信しようとするものです。入山さんはせっかく関心を持って世界水準の研究もたくさんされているのに、そこでわかったことを人に伝えたくならないのでしょうか。
入山:まず、自分の研究結果は、あくまで1個の研究から得られたものにすぎませんので、それがどのくらい普遍性があるかの保証が十分ではありません。ですから、自分の研究そのものを「役に立つ」と見せかけて一般の方に伝えるスタンスは取らないようにしています。自分の研究は、同業の研究者の人たちに「面白い」と思ってもらえばいい。
とはいえ確かに、自分の興味があることを解明し、それを伝えることは根本的に好きですね。しかし、それは雑誌の連載でも、ラジオでも何でもいいですね。
井上:私の場合は、「役に立ちそうです」と言われるほうがむちゃくちゃうれしいです。だから、「役に立ちそうだ」という雰囲気で話を聞いてくれるほうが燃えるし、もっとそういうものを提供しようと思います。この書籍を書くための取材でも、それが原動力となりました。
入山:この2人のスタンスの違いも面白いですね。
(構成:渡部典子)
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