小田急線の起源は「まぼろしの丸ノ内線」だった

転機迎えた地下鉄の意外な過去とその歴史

丸ノ内線を走る赤い新型電車の2000系。かつては小田急が同線に相当する路線を計画したことがある(筆者撮影)

池袋―荻窪間の「本線」と中野坂上―方南町間の「支線」で構成される、東京メトロ丸ノ内線。今年2月に新型電車の2000系がデビューし、7月には方南町駅が改良されて長い編成の列車が発着可能になるなど、転機を迎えている。

東京の地下鉄としては2番目に古く、戦時中の1942年に着工。戦後の1954年から1962年にかけて開業した。計画自体は戦前からあり、大正期の1925年に内務省が告示した高速鉄道計画が直接の起源といえるが、それより前から丸ノ内線に相当する路線を建設する計画はあった。

このとき、建設を計画したのは東京市(現在の東京都)でも、東京メトロの前身である帝都高速度交通営団(営団地下鉄)でもない。いまの小田急電鉄だ。

電力会社が地下鉄事業に参入

明治末期の1910年、実業家の利光鶴松が電力会社の鬼怒川水力電気を設立。現在の栃木県日光市内にダムと水力発電所を建設し、大正期の1913年から東京市への電力供給を始めた。

そして1919年1月、利光は鉄道事業への参入を目指し、鬼怒川水力電気傘下の事業として「東京高速鉄道」の建設を申請する。なお、現在の東京メトロ銀座線・渋谷―新橋間を建設した、1934年設立の東京高速鉄道とは関係ない。

これが新宿と小田原を結んでいる現在の小田急の起源といえる計画だが、このとき東京高速鉄道の路線として申請されたのは、次の通りだった。

(1)日比谷公園東―霞が関―虎ノ門―六本木―山手線渋谷駅
(2)霞が関―平河町―四谷見附―新宿3丁目駅
(3)日比谷公園東―神田橋―神保町―音羽町―池袋駅
(4)数寄屋橋―有楽町―本石町―浅草橋―上野駅
(5)支線:神田橋―本石町駅
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