フレームワークに頼りすぎる人が見落とす視点 マーケティング戦略を考える上で重要なこと

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規制が多く、業界の境目が明確な業界(例:金融、通信、運輸、製薬)の場合には、前記の戦略定石は実務にも使いやすい。しかし業界の境目が曖昧な業界や、多角化が極端に進んでいる企業、持ち株会社同士が競争しあっている業界では適用しにくい。 以下、競争地位や経営資源の定義の難しさを述べてみよう。

(1)どの地域で考えるか

どの地域の範囲で考えるかによって、競争地位は違ってくる。 例えば静岡銀行は、どの類型に位置づけられるだろうか。静岡県に限定して考えれば、都銀に伍して君臨するリーダー企業と言えるかもしれない。しかし、日本の銀行全体として考えれば、静岡銀行は地域を限定したニッチャーと言えるかもしれない。ただし銀行業界もネット銀行などの登場により、徐々に地域的な限定はなくなってきた。

また、北海道のコンビニを考えれば、北海道民にとっては、店舗数からもリーダーはセイコーマート(セコマ)であり、セブン‐イレブンがチャレンジャーである。しかし日本全国で見れば、セイコーマートはニッチャーにあたる。 さらに、プリンターでは、国内ではキヤノンとエプソンが双璧をなすが、世界シェアを見る場合には、この2社にアメリカ・ヒューレット・パッカードを加えないと、現実を反映しない。

(2)多角化企業の場合

多角化が進んでいる巨大企業の場合、保有する経営資源をどう定義するかも難題である。例えば、帝人ファーマ、協和キリンという製薬会社の持つ資源は、分社された会社だけを見ていればいいのだろうか? それとも、親会社である帝人やキリンホールディングスの持つ経営資源も考慮すべきだろうか。

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また、コンパクト・デジカメの競争業者の類型は、どうなるであろうか? 国内シェア1位はキヤノンであり、リーダーと言える。2位がニコン、3位がカシオであるが、先の定義による経営資源の質と量もこの順であろうか? キヤノンは一眼レフも強いが、MFP(複合機)のようなオフィス機器に加え、東芝から獲得したメディカル機器に関する経営資源も持っている。

ニコンはカメラ(映像事業)だけでなく半導体装置のような精密機器事業、ヘルスケア、産業機器などの分野に多角化している。カシオもデジカメは一部門にすぎず、時計事業、教育事業(電卓、辞書、楽器)、システム事業などを持っている。

すなわち、多角化している企業同士の比較の場合には、保有する経営資源を当該事業部門だけと考えるわけにはいかず、会社全体やグループ会社の資源も考える必要があろう。 さらに持ち株会社の子会社同士が競争している場合、どこまでを、当該事業が保有する資源と見なすかは、とても難しい問題である。

楽天の携帯電話事業参入をどう考えるか

例えば、NTTドコモとソフトバンクは、携帯電話会社単体として競争しているのか、NTTグループという膨大な資源を持つ企業グループの一員としてのドコモと、ソフトバンクグループの一員としてのソフトバンクが競争しているのか、正解はどこにもない。

楽天が携帯電話事業に参入するが、電話事業の資源を考える場合、楽天は楽天市場や楽天カードの会員をメインターゲットとして市場開拓を進めてくることが予想されることから、楽天グループ全体の資源を考えたほうが妥当であろう。

山田 英夫 早稲田大学ビジネススクール教授

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やまだ ひでお / Hideo Yamada

1955年東京都生まれ。早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBA)。三菱総合研究所にて大企業の新事業開発のコンサルティングに従事。1989年早稲田大学に転じ、現職。専門は競争戦略論、ビジネスモデル。博士(学術、早稲田大学)。ふくおかフィナンシャルグループ、サントリーホールディングスの社外監査役。主な著書に、『異業種に学ぶビジネスモデル』『競争しない競争戦略』『ビジネス版 悪魔の辞典』(以上、日本経済新聞出版社)、『成功企業に潜むビジネスモデルのルール』(ダイヤモンド社)、『マルチプル・ワーカー 「複業」の時代』(三笠書房)、『ビジネス・フレームワークの落とし穴』(光文社新書)など。

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