37歳の脱サラで「だるま造り」始めた男の仕事観 ブライダル業界経て40前にやり直しを期した

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熟練の技である。誠実にゆっくり筆を運べばいいという仕事ではない。思い切りと絵心が必要だろう。まして高崎だるまには左右両側の眉毛に鶴、ひげに亀を表すという約束ごとがある。依頼主によっては、だるまの顔の下、おなかに金文字で「福入」、顔面の左右に「家内安全」「商売繁盛」「大願成就」「目標達成」などの文字を入れさせる場合もある。そのためきちんと筆文字が書ける技量も必要になる。

小野里さんには子供の頃から自分は器用なんだなという自覚があったという。図工は得意で、本物そっくりに描く模写などお手の物だった。絵の道に進まなかったのは、自分には創造力がないと早くから見切りをつけていたからという。

飲食店チェーンの経験を生かしブライダル会社へ

1971年、太田市に生まれた。父親はメリヤス類やセーターなどを作る衣料会社に勤めていた。地元の小中学校に通い、隣の伊勢崎市の高校に進んだ。何をしたいというアテもなく、ぼんやり都内の大学に入りたいと考えて上京したが、結果は不合格。1年間、浪人生活を余儀なくされたが、翌年も不合格で、進学を断念し、東京に居ついてアルバイト生活を始めた。

20歳の頃、いつまでもバイトでもあるまいと思い、各種レストランを展開する大手の飲食店チェーンW社に入った。スタッフとしての採用であり、最初はホール(接客)などを担当した。W社ではイタリアンや創作和食の店など異動が多く、そのたびに新知識を仕込まなければならなかったが、接客は好きだったし、楽しかった。

4年目に全社でいちばん若い店長に抜擢された。従業員の管理が仕事のメインになり、気苦労は絶えなかったが、それでも人づかいの面で悟るところはあった。つまり自分がスタッフの気持ちを見る。そのスタッフがお客の気持ちを見る。店でお客に気持ちよくしてもらうためには、最初に自分がスタッフに接し、気持ちよく働いてもらうことが大事だ、と思い当たったのだ。

店ではフリーターがいちばんの戦力になった。いちばん意識も高い。バイトではあっても、長年やっていれば人を見る眼ができ、見識も高まる。どの店にも古株のフリーターがいて、彼らが従業員の意識をまとめている。そういう人に着目し、その人の合意を得るようにして店の進行方向を定め、運営していく。

店長が責任を持つのは営業成績である。そのためどうしてもパソコン相手に数字に取り組みがちになる。店に出なくなるし、調理場にも出入りしない。だから店で働く者たちの気持ちから離れる。お客が何を望んでいるかわからなくなる。

W社では新宿、池袋、赤坂、渋谷、品川と、都内でも指折りの盛り場を異動し、店長として各店を牽引してきた。

8年間勤めた29歳のころ、群馬県に本社を置くブライダル会社からスカウトがあった。その本社に古くからの友人が勤めていて、彼女が会社の社長を巻き込み、強力に小野里さんを会社に入れようとしたのだ。

この2年後、小野里さんは群馬の女性と結婚する。できるなら地元で所帯を持ちたかったので、群馬の会社であることが誘因となり、結局は転職した。

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