中韓に加え米国も圧力、靖国参拝後の神経戦 強行された靖国参拝。今後支払う代償は小さくない
米国にとって、中国は最大級の債権者。中国の拡張主義を脅威と見ているのは確かだが、単純に敵対する関係ではない。また、同じ陣営にいるはずの日本と韓国が不和を抱える状況では、万が一の場合への備えもおぼつかない。
「失望」という表現の裏には、安倍首相が状況を複雑化させていることへの米国の強いいらだちがある。
「敵失」に乗じる中国
こうした状況を、いわば「敵失」として利用しているのが中国だ。
中国の劉暁明・駐英大使は1月1日付の英デイリー・テレグラフ紙に寄稿した文章で、日本の軍国主義を“ヴォルデモート卿”に例えて靖国参拝を批判した。世界的ベストセラーの『ハリー・ポッター』に登場する悪役の魔法使いで、魂を「分霊箱」に保存しているため肉体が滅んでもよみがえる。日本軍国主義にとっての「分霊箱」が靖国神社だというのだ。
日本の林景一・駐英大使は「アジアの“ヴォルデモート卿”になりかねないのは中国だ」とする反論を6日付の同じ新聞に投稿。「軍拡を続ける中国こそ軍国主義だ」と、中国の軍事費が20年以上にわたり2ケタ増を続けていることを指摘した。
1月7日に中国外務省の報道官は、林大使の議論を「無知、無理、狂妄」と切り捨てたうえで、「中国の1人当たり軍事費は日本の5分の1」だと再反論した。日中がお互いに軍国主義のレッテルを張り合っているという構図だ。
また中国は、歴史問題に関する日本包囲網の形成にも余念がない。昨年末に王毅外相はドイツ、ベトナム、ロシア、韓国、米国などの外相と相次いで電話で会談。安倍首相の靖国参拝について中国に同調するよう求めた。
中国側はロシア外相が「中国の立場と完全に一致する」と述べたと発表しているが、ロシア側は公式発表していない。「ロシアでは靖国問題がまったく話題になっておらず、プーチン政権が日本との関係を大幅に悪化させてまでこの問題で中国と共闘するメリットがあるとは思えない」(全国紙モスクワ特派員)。ロシアに本当に中国と同調する気があるかは疑問が残る。
中国は、国外では日本の「軍国主義復活」を喧伝する一方、国内では安倍首相批判に的を絞っているようだ。
中国側は、昨年の半ばから経済面での歩み寄りを模索してきた。明確に政経分離という言葉は使わないが、実質的に政治と切り離して経済交流を推進する流れにある。
そのこともあってか、今のところ中国での日系企業の活動への影響は聞かれない。
北京に駐在する総合商社の幹部によれば、「1月7日時点で、内陸部の都市を含めて靖国神社参拝に対する抗議行動や不買運動は報告されていない」という。
2012年の尖閣諸島国有化後に全土で発生した反日デモは、日本政府を翻意させられなかった。さらに略奪や破壊が横行したことで、国際的にも中国の評価を下げた。そのことを中国政府はよく認識している。北京の日本大使館などで見られた小規模な抗議行動も、すべて当局によって抑え込まれた。
だが、日本商品離れが起きる可能性は否定できない。反日デモ後に販売が激減した自動車などでは、ようやく復調の兆しが出ていたが、その勢いをくじかれるおそれも大きい。
日産自動車、トヨタ自動車、ホンダは13年の中国での販売台数がそろって過去最高を記録している。しかし、日本勢が尖閣問題前の勢いを取り戻しているわけではない。
ナカニシ自動車産業リサーチの中西孝樹代表は、「中国での日本車の合計シェアは、12年の尖閣国有化問題の前に比べ2%以上落ちている。現状では市場拡大のスピードについていくのが精いっぱいで、シェア回復には至っていない。だが、今回の靖国参拝もあって政治リスクが高い現状では、日系企業が追加で戦略投資をするのは賢明ではないだろう」と語る。