埼玉の「東西分裂」、列車本数を調べてみると…

大宮―川越間は1時間に3本、30年間変化なし

1972年の本数を見ると、川越線の大宮方面が4時間で6本、川越方面が4時間で7本しかない。運転間隔は6本で40分毎、7本でおよそ35分毎だ。当時の川越線は非電化で、日中は3〜4両のディーゼルカーがガタゴト走っていた。当時も現在も、川越と大宮は、埼玉県内でも人口の多い街。その2つを結ぶ鉄道としては少なすぎる。この数字から、埼玉県には「荒川の壁」がハッキリ存在していることがわかる。

1973年4月、荒川を渡り、埼玉県を東西に結ぶ2つ目の鉄道路線、武蔵野線が開業する。だが、ダイヤを見ると11時〜15時までの間に運転された電車の本数は、東行、西行ともに6本だけ。所沢と浦和という、こちらも県内の人口が多い街どうしを結ぶ路線だが、40分毎という非常に少ない本数。川越線の実績から、国鉄サイドは埼玉県を東西に行き来する人が少ないと判断し、川越線と同じ程度の運転本数にしたのだろう。ちなみに当時、武蔵野線の電車は6両編成だった。

その後、川越線、武蔵野線とも、10年以上運転本数は変わらなかったが、1984年に武蔵野線の東行が1本増発され7本に、西行が2本増発され8本に、翌1985年には東行、西行とも12本(20分毎)に増発される。1983年からわずか2年で倍増となる大増発だ。

さらに1986年には、武蔵野線が両方向とも16本(15分毎)に、川越線も電化に伴うダイヤ改正で両方向とも12本(20分毎)に増発される。川越線は運転本数が倍増されたうえに、12本のうち8本が10両編成の電車となり、輸送力が約3倍となった。

1987年、JRが発足してからも武蔵野線は微増を続け、1989年には20本(12分毎、1時間に5本)になる。また、川越線も大宮と川越を結ぶ電車がすべて10両編成となり、輸送力が増強された。

1989年以降、武蔵野線は大きな増減が見られなかったが、1996年に、すべての電車が8両編成に増強。2003年からは土休日ダイヤで日中の運転本数が増強され、東行、西行とも24本(10分毎)となった。

そして2013年、武蔵野線は平日ダイヤでも両方向とも24本(10分毎)となり、現在に至る。川越線は、1989年以降、列車の増減や編成の増強などなく、現在に至っている。

荒川の壁を越えるバス路線は豊富にある

このように、過去から現在までの列車の本数を時刻表で調べて見ると、荒川を渡る鉄道路線の運転本数は増え、「壁」が低くなったように見える。だが、大宮と都内を結ぶ列車が1時間に36本(平日12時台)もあることを考えると、大宮と川越を結ぶ川越線の運転本数が1時間に3本(平日12時台)で、しかも、ほとんどの区間が単線、さらに1989年以降、30年間運転本数が変わらないという状況を考えると、「荒川の壁」が存在していると感じる埼玉県民が多いのも理解できる。

ちなみに、鉄道で荒川の壁を越える路線は2路線しかないが、東武東上線の各駅から荒川の壁を越えるバス路線は豊富で、志木駅からは浦和駅や南与野駅へ、川越駅からは上尾駅、桶川駅、鴻巣駅へ、東松山駅からは鴻巣駅、熊谷駅へ、森林公園駅からは熊谷駅へ向かうバスが出ている。その意味では、「荒川の壁」は、鉄道にだけ当てはまるものなのかもしれない。

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