「孤独死」働き盛りも起こりうる現実への防波堤 「助け」さえあれば亡くならなかったケースも

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この部屋の特殊清掃は難航を極めた。サーバー機に阻まれ、奥に進むことさえできなかったからだ。その隙間には、インスタントラーメンの食べかすや、空のコンビニ弁当、飲みかけのコーヒー牛乳が溢れ返って、いくつもの層を作っており、ハエが集っていた。10年以上原状回復工事に携わっている塩田氏でさえも、たじろぐほどの異臭であった。

男性は欠勤することなく会社に通勤しつつも、何十年に渡って不衛生な環境で、不摂生な食生活を送っていたと塩田氏は、すぐに察知した。

黒い染みの様子から、男性はサーバー機のわずかな隙間に埋もれるようにして亡くなっていたという。

「しょこたん」(中川翔子さん)や水樹奈々さんのファンだったようで、初回限定版のCD・DVDや写真集、漫画本などが見つかり、そのほとんどが未開封で、アニメのポスターと一緒に棚に積まれていた。

数日間かけて、ようやく無数に張り巡らされているサーバー機と配線を外したが、室温はゆうに40度を超えており、一歩間違えば火災の危険があったという。

「急性心筋梗塞による孤独死は、働き盛りの30代、40代の男性に圧倒的に多いんです。その生活ぶりをみていると、仕事には真面目で実直な人ばかりなんです。その分、趣味などで自分の世界にこもりがちで、世間との軋轢も多くて、普通の人よりもストレスを抱えやすいのだと思います」

真面目な人ほど、セルフネグレクトに陥りやすい

メタルラックに掛かっていた布をめくると突然、小さな仏壇が出てきた。その奥には、2つの位牌と写真数枚が置かれていた。それは、男性の母親と妹の写真らしかった。写真をめくると、原形が判別できないほどに潰れた車の写真があった。男性は若い頃に、交通事故で母と妹を同時に亡くしていたことがわかった。肉親を同時に2人も失ったことは、男性にとってとてつもない大きな悲しみだったのではないかと、塩田氏は声を詰まらせた。

「現役世代の特殊清掃の現場で思うのは、なぜ普通の人よりも真面目にやってきた人が、若くして亡くなって、何日も発見されないんだろうということです。世の中には、仕事もそこそこにこなして、毎日楽しく、楽に生きている人もたくさんいるはず。それなのに、仕事に一生懸命打ち込んできた故人様のような方が、セルフネグレクトに陥ってしまい、孤独死するケースが多い。切ないですよね。特殊清掃を仕事にしている僕が言うのもおかしいと思われるでしょうが、孤独死は減ったほうがいいと思うんです」

塩田氏はすべての作業が終わると、「いつか生まれ変わったら、亡くなったお母さん、妹さんと故人様が、笑顔で再会できますように」と心の中で祈り、涙ながらに深く手を合わせた。

生涯未婚率の増加などによって、単身世帯は年々増加の一途をたどっている。2030年には、3世帯に一世帯が単身世帯になる。このように、単身世帯が右肩上がりで増え続ける現在、孤独死は誰もが当事者となりえる。とくに、地域の見守りなどが充実している高齢者と違って、現役世代のセルフネグレクトや社会的孤立は、完全に見過ごされているといっていい。特殊清掃の現場は、それを私たちに伝えている。

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