東上線「朝霞」、地名の由来は「ゴルフの宮様」

往年の「大遊園地」計画、現在地は武蔵大学

朝霞駅南口のロータリーから望む駅舎。2010年には、駅に併設した商業施設「エキア」がオープン(筆者撮影)

野球・サッカー・テニス・バレーボール・卓球・バスケットボール・柔道・剣道・弓道・相撲……。スポーツや武道の分野において、天皇杯が下賜される国内大会はたくさんある。数ある天皇杯のなかでも、ゴルフはもっとも古い歴史を有する。

明治期、壮健な心身をつくるべく、国策として国民の間にスポーツが奨励された。政府がスポーツを奨励した背景には、心身を鍛錬することで強い軍隊をつくる目的が内包されていた。そうした国是によって、大正期からは学校教育の場でもスポーツが取り入れられていく。

皇室とスポーツの結びつきが強くなるのは、昭和天皇の皇太子時代からだ。とりわけ皇室とゴルフの結びつきが強い。そのきっかけになったのが、1922年に来日した英国・エドワード8世王太子とのゴルフ対決だった。新宿御苑でのゴルフ対決はエドワード王太子が勝利したが、その際に王太子は銀製カップを東京ゴルフ倶楽部に下賜。それに倣い、皇太子だった昭和天皇も優勝カップを下賜するようになる。

名門ゴルフコースが朝霞に移転

年号が昭和に替わると、昭和天皇は多忙を極めるようになる。赤坂離宮には6ホールのゴルフコースが開設されていたが、昭和天皇の事情を考慮して吹上御所にも3ホールのコースが新設された。また、新宿御苑内にもゴルフコースが造成されている。

東洋経済オンライン「鉄道最前線」は、鉄道にまつわるホットなニュースをタイムリーに配信! 記事一覧はこちら

昭和天皇と並び、ゴルフ好きとして知られる皇族が朝香宮鳩彦王だ。後に“ゴルフの宮様”と称される鳩彦王は、東京府荏原郡駒沢村(現・世田谷区駒沢)にあった東京ゴルフ倶楽部で1928年から名誉会長を務めた。

昭和に入った頃から東京市内の都市化が急速に進み、地価は高騰。それは東京市内のみならず、周辺郡部にも及ぶ。駒沢村のゴルフコースは、有志が資金を出し合って結成した東京ゴルフ倶楽部が借りていた。地価の高騰は、契約料にも大きな打撃となる。その影響で、東京ゴルフ倶楽部は移転を決断する。

東京ゴルフ倶楽部は、都心からそう遠くない埼玉県膝折(ひざおり)村(現・朝霞市)に新天地を求めた。1914年に東上鉄道(現・東武東上本線)が開通しており、同地には膝折駅が設置されていた。

次ページ東上鉄道の沿線ではゴボウ生産が盛ん
関連記事
トピックボードAD
鉄道最前線の人気記事
  • 30歳とお金のリアル
  • グローバルアイ
  • 競馬好きエコノミストの市場深読み劇場
  • 日本人が知らない古典の読み方
トレンドライブラリーAD
  • コメント
  • facebook
0/400

コメント投稿に関する規則(ガイドライン)を遵守し、内容に責任をもってご投稿ください。

アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
ドンキの正体<br>次代の流通王か永遠の異端児か

かつての「ヤンキーのたまり場」ドン・キホーテが破竹の攻勢をかけている。総合スーパーへの居抜き出店などで品ぞろえも客層も拡大、海外出店も加速する。一方、不動産事業や深夜営業では非常識ぶりを温存。異端児の知られざる実態を解明する。