日本史は「大陸vs海」で読むと最高に面白い 世界と日本はこうしてつなげて見る

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しかし、イギリスよりもはるかに広く温暖な日本列島は、縄文時代から森の豊かさに恵まれ、関東平野のような自給自足可能な農業地帯が存在していました。この関東平野を拠点とする政権は平将門以来、稲作農業を基盤とし、強力な騎馬軍団を擁する「ランドパワー」として立ち現れてきました。これを継承したのが、鎌倉幕府と江戸幕府です。この日本では、「ランドパワー」と「シーパワー」の権力争いが連綿を続いてきたのです。

「シーパワー」豊臣氏から「ランドパワー」徳川氏へ

鎌倉幕府と江戸幕府が「ランドパワー」であったのに対し、日本の「シーパワー」政権の最初が、伊勢から瀬戸内に至る海賊衆を配下に収めた平氏政権であり、それは平清盛による大輪田泊(神戸港)建設、福原遷都によって頂点を迎えました。

その平氏政権を倒した鎌倉幕府は、流通に関心を抱くことなく、給与ではなく土地を分与して武士団を統制していました。フビライ・ハンによる元寇ではナショナリスト政権の性格を爆発させて奮闘しましたが、大量に流入した宋銭により貨幣経済に巻き込まれ、鎌倉武士は借財を重ねて没落したのです。

その次の時代を担った足利氏は関東出身ながら、流通と貿易に見識がありました。室町幕府の財源は土地ではなく流通であり、足利義満が実現した日明貿易(勘合貿易)とは、それまで民間ベースで行われてきた対中貿易を、国家が統制して財源とするものであった、と位置づけられます。

さらには、戦国武将のうち、甲斐の武田氏は典型的な「ランドパワー」ですが、尾張(愛知県西部)出身の織田信長は木曽川の三角州を基盤とする「シーパワー」でした。伊勢志摩の九鬼水軍を配下に収めた信長は、瀬戸内の村上水軍を配下に収めた毛利家と決戦(木津川口の戦い)を行って勝利しました。

ポルトガル商船で来航するイエズス会宣教師を保護し、鉄砲隊を組織して武田氏を破ったのも、信長政権の「シーパワー」的な性格をよく表しています。

秀吉もこの性格を受け継ぎ、海外へと目を向けました。当時、スペインがフィリピンを制圧し、ポルトガルがスマトラ・ジャワなど東インド(現インドネシア)の島々を制圧していました。イエズス会はスペイン王フェリペ2世に、中国・明朝の征服とキリスト教化を進言していました。このような領土分割競争に割り込んだのが、秀吉の朝鮮出兵(当初の目的は明の征服)だったのです。

しかし豊臣家のあとに権力を握った三河(愛知県東部)出身の徳川家は、完全な「ランドパワー」的な性格をもっていたといえるでしょう。家康は朝鮮から兵をすべて撤収し、秀吉の遺児である豊臣秀頼を倒します(大坂の陣)。そして徳川家第3代将軍の家光はキリスト教を弾圧してポルトガル人の来航を禁じ、布教をしないオランダ人と、中国人だけに長崎貿易を許可しました(いわゆる鎖国)。

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鎖国という驚くべき政策が可能であったのは、外国船を強制排除できた徳川家の圧倒的軍事力と、新田開発を進めて食糧自給が可能な経済力をもっていたからです。同時期のイギリスは食糧自給ができず、毛織物(工業製品)を欧州諸国に輸出して穀物を輸入する重商主義政策を採用していました。イギリスの武装商船が北米やインドにまで来航し、先鋭的な「シーパワー」国家となったのは、一方でそうせざるをえない「地理的条件」があったからです。

近代日本における大亜細亜主義と脱亜論の対立、陸軍北進論と海軍南進論の対立、あるいは現代におけるTPP亡国論とTPP救国論の対立、これらはいずれも「ランドパワー」と「シーパワー」の対立として読み解くことができます。現在の日本史の教科書にないこうした視点こそが、「世界のなかの日本」という位置づけから、日本史を10倍楽しく学びなおすことを可能にするのです。

茂木 誠 駿台予備学校 世界史科講師

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もぎ まこと / Makoto Mogi

ノンフィクション作家、予備校講師、歴史系YouTuber。駿台予備学校、ネット配信のN予備校で世界史を担当する。著書に、『経済は世界史から学べ!』(ダイヤモンド社)、『世界史で学べ!地政学』(祥伝社)、『超日本史』(KADOKAWA)、『米中激突の地政学』(WAC)、『テレビが伝えない国際ニュースの真相』(SB新書)、『政治思想マトリックス』(PHP研究所)、『「保守」って何?』(祥伝社)、『グローバリストの近現代史』(ビジネス社・共著)、『バトルマンガで歴史が超わかる本』(飛鳥新社)、『「リベラル」の正体』(WAC・共著)、『「戦争と平和」の世界史』(TAC出版)、『ジオ・ヒストリア』(笠間書院)など。

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