技術過信、国内依存が蝕む転換期の日の丸IT産業
自動車と並び日本経済を牽引してきた電機産業。視界ゼロの不況の中で、ひときわ厳しい転換期に直面している。円高、原料高だけではない。あらゆる製品の激しい価格下落が、主要企業の業績を圧迫しているのだ。
日本が強いはずのビデオカメラで異変
2008年4~9月期は業界で大幅な業績下方修正が相次いだ。薄型テレビは「全地域で想定以上の価格下落が進んだ。テレビの黒字化は、今年は不可能」(ソニーの大根田伸行CFO)。デジタルカメラも欧米市場を中心に200ドル以下の低価格機種が台頭、「コンパクト型は価格が2割も下落した」(キヤノンの大澤正宏常務)。パソコンではネットブックと呼ばれる500ドル前後のノート型機種が増え、「欧州では低価格機種を売るメーカーと競争が激化した」(富士通の加藤和彦CFO)。
今、世界では「業界をむしばむ安物問題」(ある証券アナリスト)と表現されるほどの破壊的な低価格品ブームが起きている。だが、日本の消費者はこの異変を実感できない。消費減退感が濃厚な現在でも、国内の家電量販店の花形はナショナルブランドの高額な最新機種だからだ。島国日本だけが世界的には過剰スペックといえるほどの高機能・高品質を指向する。大陸から断絶されたガラパゴス諸島で起こった生物の独特な進化になぞらえて「ガラパゴス化」と呼ばれ、電機など日本のIT産業の“病”となっている。
最新の異変が、北米のビデオカメラ市場で起きていた。「シンプルでクール。ビデオ界のiPodだ」。eコマース最大手、米アマゾンのサイトに製品を絶賛する書き込みが並ぶ。米ピュアデジタル・テクノロジーズの「flip(フリップ)」シリーズ(下左写真)。価格は129~179ドルと、日本メーカーの低価格機種と比べても3分の1程度の安さだ。米IT調査会社IDCによると、08年6月時点の北米における台数シェアは15%。日本ビクターやパナソニックを上回り、首位ソニー(シェア23・8%)に続く2位に浮上した。
フリップの人気のワケは低価格に加え、圧倒的な使いやすさにある。本体に一つしかない操作ボタンを押して撮影を開始・終了。2ギガバイトの内蔵フラッシュメモリに自動保存された画像をUSB経由でパソコンに移せば、ユーチューブなどの動画サイトに数十秒でアップロードできる。解像度など画質は既存品の半分以下だが、その分従来必要だったデータ圧縮などの作業がない。大きさ、重さも携帯電話ほどで気軽に持ち歩いて撮影できる。「既存のビデオカメラは操作が複雑すぎた。北米の消費者はもっとシンプルな製品を望んでいた」。IDCのアナリスト、クリストファー・シュート氏は言う。
1980年代には家電や大型コンピュータ、DRAM半導体などで世界市場を席巻した日本の電機産業。だが、欧米企業のカテゴリーを絞った製品戦略や、韓国サムスン電子の大規模投資攻勢に遭い、現在では日本が高シェアを誇る製品は意外なほど少ない(下グラフ参照)。
この中にあって、ビデオカメラとデジタルカメラは日本企業が優位性を維持できた数少ない分野だ。特にビデオカメラは9割以上を日本企業が寡占。「国内の消費者に認められた製品を1~2年かけ世界へ横展開し、稼いだ利益で次の技術や製品を開発する好循環があった」(日本ビクター・カムコーダー事業部の都築邦雄・商品企画部長)。裏返せば、次世代への技術原資を生み出すために、高額で高付加価値の製品を絶え間なく投入する必要があったともいえる。
だが新興企業にはこの循環の圧力がない。多くは製品企画と販売・顧客サービスだけを手掛けるファブレス企業で、生産はEMSやODMと呼ばれるアジアの受託製造業者に外注する水平分業モデルだからだ。フリップを生んだピュアデジタルも従業員数約80人のファブレスで、中国メーカーへ生産委託している。製品企画で重視したのは高度な画像処理技術の導入ではなく、操作ボタンを一掃すること。製品の価値を技術ではなく、使いやすさに置いている。
身軽なコスト構造と消費者視点を備えた新興勢力が台頭する中、日本企業は変革が迫られる。
「これまでは機能を目いっぱい搭載してきたが、今後はテレビを買う人が本当に必要な機能に絞る。ご協力願いたい」。9月中旬、部品サプライヤーを集めて開いた会議でソニーのテレビ事業責任者は語った。テレビの最大市場である北米では、サムスンやファブレス企業の米ビジオを交えた低価格戦が続く。さらに次の成長市場となるべき中国など新興国では、現状の6割という「マジックプライス」にまで価格を切り下げなければ需要が爆発しないとされる。
電子部品メーカーの関係者は「今後は単機能で低価格な部品への発注が増えるのだろう」と話す。低価格を享受したい世界の消費者に訴求するには完成品メーカーだけでなく、土台を支える部品メーカーも巻き込み、製品機能と設計の見直しを進める必要がある。