退職勧奨に応じた34歳男性がハマった袋小路 「このままではホームレスになるしかない」

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この日、上司からはその場で合意書に署名するよう求められたが、テツハルさんは応じなかった。「こういうときはすぐサインしちゃだめだっていうじゃないですか」。署名する代わりに退職金のさらなる上乗せと、退職金の振込期日を明記するよう求めたという。

私は再び違和感を覚えた。

強制退職というからには、テツハルさんはてっきりこのような「不当解雇」には応じられないとして署名を拒んだと思ったのだ。しかし、実際には退職金の金額や期日についての交渉に入ったという。条件さえ整えば、退職勧奨自体は受け入れる――。少なくとも会社はそう受け止めただろう。

労働基準監督署で相談員に言われたこと

一方で、テツハルさんは労働基準監督署にも足を運んだ。しかし、相談員からはこう言われたという。

「(今回の退職勧奨は)倫理上は望ましくないが、法律上アウトとはいえません。(労使間紛争を解決する手続きである)労働審判は、結論が出るまで1、2年かかるし、実名で会社と交渉をしなくてはなりません。その間、気持ちよく働き続けることができますか?」

会社には逆らわないほうがいい――。そう言われていると感じた。テツハルさんは「労基署も僕の味方にはなってくれない。世の中、敵だらけだと思いました」と振り返る。

結局、会社は退職金の上乗せには応じなかった。上司から「君はまだ若い。3カ月くらいあれば(再就職先は)決まるだろ」と促され、テツハルさんはついに合意書に署名した。

都内で自営業を営む両親の下で育った。私大を卒業したときはリーマンショックの直前で、就職状況は「売り手市場」。複数の内定の中からアパレル関係の専門商社を選んだ。

正社員で年収約300万円。雇用条件は安定していたが、勤続3年目あたりから、上司によるパワハラが始まった。

後頭部をひっぱたかれる、背中を蹴られる、営業車を運転中に助手席から首根っこをつかみ上げられるなどの暴力を受けたほか、商品の色指定をめぐる行き違いがあったときには、同僚らの前で「お前、色盲か!」と罵倒されたこともある。

暴言や暴力は、理由なく受けることもあった。社内の担当部署に訴えたものの、結果は上司にばれて「チクリやがって」と怒鳴られただけ。たびたび「大卒は使えねえ」とののしられたといい、テツハルさんは「この上司は高卒。パワハラの根っこには学歴コンプレックスがあったと思います」という。

もともと細身だった体は2年ほどで10キロやせ、45キロ近くになった。精神的にも追い込まれ、最後は自ら退職した。

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