松本人志が失敗重ねて達した唯一無二の境地 2度の低迷期を乗り越えた「笑いのカリスマ」

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もちろん、大局的に見れば彼らの仕事量やポジションには、現在まで大きな変化はない。だが、個別の時期にフォーカスして考えると、彼らは1990年代中盤以降、大きく分けて2度の低迷期を経験しているように見える。

1度目の低迷に入ったきっかけは、1997年に『ごっつええ感じ』が終了したことだ。松本は番組がプロ野球の優勝決定試合に急きょ差し替えられたことについて事前に連絡をもらえなかったことに不満を抱き、降板を決意した。

1998年に松本はみずからの髪の毛を刈り、坊主頭にした。降板騒動と坊主頭の異様な外見によって「気難しい笑いのカリスマ」というイメージが強まり、とっつきづらい印象を与えるようになっていた。

『ごっつええ感じ』の終了後に松本が手がけた番組は、なかなか人気が出なかった。1999年に松本が今田耕司と組んでテレビ朝日で始めた『わらいのじかん』は、視聴率を取れず、あっという間に打ち切りになった。

また、2000年に松本がSMAPの中居正広と共演したドラマ『伝説の教師』(日本テレビ系)も、始まる前の注目度こそ高かったものの、ふたを開けてみると、松本のコントっぽい演技と松本原案の説教臭いテーマがドラマの世界には不似合いで、世間での評価もあまり高くなかった。

2001年には、『ごっつええ感じ』が『ものごっつええ感じスペシャル』という特番として復活したが、視聴率はわずか9.0%だった。この数字を知った松本は、自分が本当に面白いと思うことをテレビではもうできなくなってしまったのだと悟り、テレビでコントをやることをあきらめてしまった。

2度目の低迷期に入ったのは2010年ごろ

そこからなんとか立ち直ったダウンタウンが2度目の低迷期に入ったのは2010年ごろだ。松本は映画監督業を始めていて、2007年に『大日本人』、2009年に『しんぼる』が公開された。その後、『さや侍』(2011年)、『R100』(2013年)と続いていくのだが、興行成績や評判は右肩下がりだった。『R100』では大森南朋、大地真央、寺島しのぶといった大物俳優を起用して大規模なPR活動も行っていたのだが、大惨敗に終わった。

2011~2012年にはNHKで『松本人志のコントMHK』というコント番組も放送されたが、全5回のレギュラー放送の視聴率はいずれも2%台だった。松本がこの時期に手がけた映画やコント番組は、いずれも世間からはいい評価を得られなかった。

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