「トルコの可能性を奪ったブッシュ政権の大きな罪」 ハーバード大学教授 ジョセフ・S・ナイ

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トルコは中東地域の民主化のカギを握る

 トルコにおける一連の出来事は、ワシントンとEU本部のあるブリュッセルでも注目されていた。

 米国は、トルコのEU加盟を早期に実現するようEUに圧力をかけているが、EUの一部の国はトルコの加盟に反対している。反対の理由は、トルコがイスラム的な文化を持ち、膨大な人口を抱える点に加え、EUをさらに拡大することはヨーロッパの目標を見失わせることになりかねないという点にある。さらに反対派は、最近の出来事を引き合いに出し「トルコはEU加盟に必要な民主主義の基準を満たしていない」と指摘。併せて、1960年以降、四つの政府をクーデターで追放したトルコ軍の存在もネックになっている。

 反対派の批判を受け、トルコのEU加盟交渉がさらに遅れる可能性は強い。これはトルコにとってもヨーロッパにとっても不幸なことである。EU加盟交渉の遅れで、トルコの政治家は加盟に必要な改革を推進する意欲を失うだろう。トルコでは国家主義的な雰囲気が高まっており、極右グループは少数民族への攻撃やノーベル文学賞受賞者の小説家オルハン・パムク氏に対する嫌がらせ事件にも関与している。トルコがヨーロッパから遠ざかれば、世界政治でソフトパワーを発揮するというEUの計画は後退することになるだろう。

 より大きな視点からいえば、トルコはバルカン諸国や中東で影響力を持つNATO(北大西洋条約機構)の重要なメンバーであり、世界でも重要な役割を果たしている。

 21世紀の政治の重要な問題の一つに、政治的なイスラムの台頭にどう対処するのかということがある。過激なイスラム主義者にとって、イスラムの台頭は“文明の衝突”の舞台を準備することになり、世界は二極化するだろう。そして彼らは二極化を歓迎するはずだ。対立の激化によって、イスラム主流派からの人材調達が可能になるからである。

 トルコはリベラルな民主主義とイスラムが両立可能であることを示すことで、過激派のシナリオが軽薄であることを示すことができる。しかし、その可能性はブッシュ政権のネオコンによって奪われてしまった。ネオコンは中東を民主主義化するかがり火を提供するとしてイラクに侵攻し、サダム・フセインを放逐した。だがネオコンは真の民主主義をつくり出すことはできず、少数派のスンニ派の専制を多数派のシーア派の専制に置き換えたにすぎなかった。

 イラク侵攻はトルコに経済的なダメージを与えただけでなく、イラク北部で活動するクルド族のテロ組織PKKの基地を強化してしまった。もしネオコンがトルコのソフトパワーを強化することに照準を合わせていれば、中東の民主化を推し進めることができていたことだろう。

(C)Project Syndicate

ジョセフ・S・ナイ
1937年生まれ。64年、ハーバード大学大学院博士課程修了。政治学博士。カーター政権国務次官代理、クリントン政権国防次官補を歴任。ハーバード大学ケネディ行政大学院学長などを経て、現在同大学特別功労教授。『ソフト・パワー』など著書多数。

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