こうした販売形態が大きく変わったのは、1988年のことだ。
この年、開場した東京ドームで、キリンビールがビールの自動ディスペンサーを導入した。ボタンを押すと自動でビールと泡を注ぐ機械だ。これによって、おいしい生ビールが簡便に飲めるようになった。
「会社の技術部門を動かして機械を自社で開発したんです。うちの特販部門でも球場でのビール販売は相当な位置づけだったんですね。のちにこの技術を専門メーカーが引き継いで汎用機ができました」と塚本主務は話し、こう続けた。
「懇意にしている球団の優勝が近づくと、球団から”常温のビールを用意してほしい”という連絡が入ります。ビールかけ用のビールですね。やはり選手の体を冷やしてはいけませんから、常温です。でもいつ、どこで優勝が決まるかわからないので、出荷のタイミングが難しいんです」
今のビールの売り子は「ビールいかがですか」とは言わない。キリンであれば「一番搾りいかがですか?」となる。売り子たちには「一番搾りってどんなビール?」と聞かれたときにしっかり答えられるような教育もするという。
球場内での営業を担当するキリンビール株式会社広域販売推進第2支社の野島大輔主任は話す。
「球場に来られるお客様は、ビールの味にこだわりを持っておられます。品質を維持するために、生ビールを注ぐ機器には毎日水通しをして衛生管理をしています」
近年、NPB各球団の観客動員数はリピーターの獲得も進み、順調に増加している。
これに合わせてビールの売り上げも伸びている。
世間ではビール類の出荷量微減が続き、「ビールの退潮」が話題になる中、野球場だけは別世界なのだ。
ビールの売り上げにプラスオンするハイボール
キリンは売り子による中売りでは8割以上が「一番搾り」。出店しているテナントなどの店売りではその他の飲料も売れるが、中売りでは圧倒的にビールだ。
しかし、野島主任は今年、球場側に初めてホワイトホースの「樽詰めハイボール」の中売りを提案した。
「中売りではなくテナントでハイボールの需要があったので”中売りでも需要があるはず” とプレゼンし、販売が決まりました。おかげさまでハイボールは好評で、中売りの10%を占めるようになりました」
世間のハイボールブームは球場にも波及していた。
面白いのは、それでビールの売り上げが落ちていないことだ。
のんべえの野球ファンは、ビールを飲み飽きるとしばらく呆然としていたが、そこにハイボールがきたことで「飲む気」を再び掻き立てられたのだ。
キリンでは、去年からクラフトビールをスポットで販売しており今年から通年で店売りしている。各球場での動員率が高まり、これ以上の観客の伸びが難しい中で、品揃えを広げ客単価を上げる戦略に力を注いでいるのだ。
キリン株式会社コーポレートコミュニケーション部の都丸真人氏は、ビールメーカーにおける野球場の位置づけをこう語った。
「球場で一番搾りを飲んでくださるお客様は大事にしたい。そういうお客様に、ハイボールやクラフトビールもお奨めすれば、家に帰っても飲んでくださる割合が増えます。そういう意味では球場は大切なタッチポイントです」
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