「存亡の危機に直面する世界銀行とIMF」ハーバード大学教授 ケネス・ロゴフ

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世銀とIMFが抱える2つの共通する悩み

 IMFと世銀の両首脳が去るにあたって大きな違いがあるが、同時に共通の懸念も抱えている。

 一つ目の懸念は、ラト専務理事の突然の辞任を利用して、ヨーロッパ諸国が「IMFの首脳を指名するという特権を手放すべきかどうか」をめぐる真剣な議論を避けようとしていることである。世銀の場合、アメリカはウォルフォウィッツ総裁を穏便に辞職させようとする試みを阻止することによって、世界を脅かし、後任にアメリカ人を選ぶことができた。しかし、ヨーロッパ諸国は、ラト専務理事が自分の意思で辞職を決めたため、世銀におけるアメリカと同じような交渉力を発揮することができない。

 後任の専務理事を選出するのは10月だから、国籍に関係なく、最善の人物を後任に選ぶ時間はたっぷりある。各国の中央銀行は“政治任命”を受け入れることなく、中央銀行をリードできるだけの知識と経験を持った人物を中央銀行総裁に選んできた実績がある。IMFでも有力な後任候補として、前ブラジル中央銀行総裁のアリミニオ・フラガや、エジプト生まれでIMFスタッフを務め、現在投資運用会社ピムコの役員であるモハメッド・エルエリアンの名前が挙がっている。

 第二の類似点は、IMFも世銀も存亡の危機に直面していることだ。

 巨額の流動性があふれ、奥行きが深くなっている国際金融市場の中でIMFと世銀は無用の長物になりつつある。IMFと世銀が真剣な改革を行わなければ、BIS(国際決済銀行)が40年にわたって経験したような休眠状態へ陥ることになるだろう。1930年、BISはドイツの賠償金支払いを支援し、中央銀行の活動を調整するために設立されたが、第2次世界大戦後は、金準備を保蔵する以上の役割を果たすことはなかった。しかしながら、各国の中央銀行が指導力を発揮するようになったおかげでBISは目覚め、国際金融業務の規制を設定するなど、数々の重要な役割を果たすようになっている。

 休眠状態に陥りつつあるIMFと世銀がいつの日か目覚め、活性化された姿を見るのは喜ばしいことである。国際化がさらに進めば、世界は国際的な機関を必要とするようになるだろう。ただし、そうした国際機関は民間と重複するような貸し出し機能を持つのではなく、あくまで調整や監督、技術的な勧告を行うことに集中すべきである。

 そして、実際の改革を行う前に、IMFと世銀は基本的なガバナンスの改革を行わなければならない。専務理事の突然の辞任発表により混乱が生じているという理由で、従来型の後任人事を正当化してはならない。アメリカが60年にわたって総裁の座を独占し続けているからといって、ヨーロッパ諸国によるIMF専務理事の独占を正当化させてはならない。2つの間違いを掛け合わせることによって、事態がプラスに転化するわけではないのである。

(C)Project Syndicate

ケネス・ロゴフ

1953年生まれ。80年マサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。99年よりハーバード大学経済学部教授。国際金融分野の権威。2001~03年までIMFの経済担当顧問兼調査局長を務めた。チェスの天才としても名をはせる。

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