「北の玄関」上野駅は30年でこんなに変わった

「ふるさとの訛」「夜行列車」も今は昔…

1932(昭和7)年に建てられた上野駅舎(筆者撮影)

北の玄関口、上野駅の現駅舎は関東大震災で焼失した初代駅に継いで1932(昭和7)年に建てられた2代目駅舎で、正面入り口には車寄せとホールがあり、それを囲むように回廊が設けられた昭和初期の「大時代的」建築様式を誇っている。1934(昭和9)年建築の小樽駅や、1937(昭和12)年に完成した大連駅(中国)も、上野駅を参考にして建てられた。

地平ホームに到着した仙台からの急行列車「新星」(筆者撮影)

上野駅は東京のターミナル駅には珍しく、1階にあたる地平ホームは欧米のターミナル駅と同様、いわゆる「くし形」の行き止まりホームとなっている。国鉄時代にはこれらのホームから、特急「ひばり」「やまびこ」や、寝台列車「北陸」「ゆうづる」など、東北・北陸方面への長距離列車が主に発着し、2階部分のホームからは主に高崎、上越、常磐線への中・長距離列車が旅立って行った。

当時、上野駅を通り抜けるのは山手線、京浜東北線など一部で、ほとんどが上野始発の列車だった。

「終着駅」から通過駅へ

この「終着駅」上野の様相が変化し始めたのは、1982(昭和57)年の東北新幹線開業時であろう。当初は新幹線が大宮までの暫定開業で、上野―大宮間には新幹線利用者を運ぶための「新幹線リレー号」が連絡シャトル列車として運行していたが、1985(昭和60)年3月14日に新幹線の大宮―上野間が延伸開業した。

高架の2階ホームから発着していた特急「あさま」と「とき」。どちらも愛称は新幹線に引き継がれた(筆者撮影)

東北・上越新幹線の開業により、東北地方や新潟方面に向かう上野始発の特急「はつかり」「やまびこ」「ひばり」「とき」などが姿を消し、一部の列車は新幹線の愛称名として引き継がれることになった。ちなみに在来線特急「やまびこ」は上野―盛岡間を7時間5分で結んでいたが、その愛称を引き継いだ東北新幹線「やまびこ」は、開業当初から最速2時間45分で両駅間を結び、大幅なスピードアップとなった。

だが、在来線の長距離特急・急行が多く廃止されたのは、上野駅の衰退の始まりでもあったように思う。新幹線の終着駅として「北の玄関口」としての体面は保ち続けたものの、1991(平成3)年に新幹線の上野―東京間が延伸開業すると、東北・上越新幹線の列車の多くが東京始発・終着になり、上野駅はほぼ全列車停車するものの、終着駅ではなく列車が通り抜ける「通過駅」になった。

次ページ「上野東京ライン」開業でさらに「通過駅」に
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