渋滞時のタクシー料金「90秒で80円」は妥当か 需要喚起策は「ちょい乗り」割引だけじゃない

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10km以上は実測で、それ以下は10kmで走っていることとして距離を時間に換算して運賃計算するのが現在の時間距離併用運賃だ。つまり、初乗り区間であれば計算上は絶えず時速10km以上で走ったことにして、1.052km走った時点でメーターが上がる。したがって、結論としては、初乗りでまったく動かない場合でも6、7分ほどでメーターが上がると回答した日本交通、東京MKが正しいのだが、その仕組みを理解している会社がなかったことに変わりはない。

運転手もタクシー会社もよく理解していないような運賃制度が含まれた料金設定を車内に表示するというのは、消費者に対してあまりに不親切だ。あるいは、消費者に本質を理解されないようにあのような書き方なのかと、うがった見方をしてしまうほどだ。

機会費用の考え方で時間距離併用運賃が正当化されることにも疑問が出てくる。一般道であれば、どこを走っても、ある程度の信号待ちや、交通の流れの停滞は起こりうる。

また、絶えず乗客がいた高度経済成長期と違って、空車が目立つ今日、多少の渋滞では稼ぎが減るという考えは成り立ちにくい。個人的には、せめて時速5km相当で計算してはどうかと思う。あるいは日常的に起こりうる停止や低速走行はカウントせず、時速10km以下の状態が1分を過ぎたら計算を始めるような仕組みはどうだろうか。

現在、タクシーの利用者は減少傾向にある。国土交通省の統計資料「ハイヤー・タクシーの車両数と輸送人員」によれば、年間の輸送人員は平成10年度には25億1000万人ほどであったのが、20年度には約20億人、27年度は約14億6000万人まで減っている(ハイヤーを含む)。

輸送人数が減少の一途をたどる中、タクシーの過剰供給が問題視されるようになった。平成21年度にはタクシー適正化・活性化法が施行され、同年に約21万4000台あった法人タクシーは、平成26年度には約19万1000台にまで減った。

「いくらかかるかわからない」というデメリット

実証実験を経て、東京都で2017年1月から導入されたちょい乗り料金。写真は2016年8月(撮影:今井康一)

こうした状況を受けて、需要喚起に向けた手が打たれていないわけではない。2017年1月から、これまで2kmで730円(上限)だった都内のタクシー初乗り運賃を、1.052kmで410円に値下げし、「ちょい乗り」の割安感を打ち出したのだ。

とはいえ、この見直しは、初乗り運賃を引き下げる一方でその減収分を中長距離利用者の運賃引き上げによってカバーするもの。9km以上乗ると3~5%の値上げとなる。さらに、タクシーを呼んだときにかかる迎車料金も廃止や値下げが地域によっては行われている。

ただ、タクシーの運賃制度の大きなデメリットは、乗車時にその運賃が確定できないところにある。「いくらかかるかわからない」という不安が消費者のタクシー利用を阻害しているのではないか。

こうした状況を受けて、タクシー会社数社と国土交通省は今年から、東京都内で事前確定運賃サービスの実証実験を始めた。ただし、配車アプリを使用し、かつ3000円以上の長距離ルートという条件付きで、渋滞予想を入れての運賃設定だ。

東京の街を見ると、いまや空車のタクシーが列をなしているような光景が日常茶飯事だ。乗車客がいなければ売り上げが立たないタクシーにおいて、時間距離併用運賃制度の見直しは決してマイナス要因だけではないはずだ。

細川 幸一 日本女子大学教授

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ほそかわ こういち / Koichi Hosokawa

専門は消費者政策、企業の社会的責任(CSR)。一橋大学博士(法学)。内閣府消費者委員会委員、埼玉県消費生活審議会会長代行、東京都消費生活対策審議会委員等を歴任。著書に『新版 大学生が知っておきたい 消費生活と法律』、『第2版 大学生が知っておきたい生活のなかの法律』(いずれも慶應義塾大学出版会)等がある。2021年に消費者保護活動の功績により内閣総理大臣表彰。歌舞伎を中心に観劇歴40年。自ら長唄三味線、沖縄三線をたしなむ。

 

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