アップルウォッチが高級時計に負けない理由

彼らがつくったのは「外されない時計」だ

そしてもうひとつの理由が、優れた着け心地である。リーマンショック以前、多くの時計メーカーは時計を買い替えさせるため、頻繁にモデルチェンジを繰り返していたと筆者は考えている。この時代の時計に、いわゆる決定打や定番が少ない理由は何か。それは今になって関係者が渋々認めているところだが、彼らは決定打となる新作を作らなかったのである。着け心地も同様で、一部の時計メーカーに関して言うと、あえて優れた着け心地を与えなかったようにすら思えてくる。事実、ある関係者は筆者にこう語った。「頻繁に買い替えさせるためならば、着け心地は二の次。むしろ悪い方がいい」。酒の席での冗談だったのかもしれないが、しかし半分以上は本心ではなかったか。

対して2015年に発表されたApple Watchは、時計メーカーがあえて無視してきた装着感に、きちんと向き合ったプロダクトだった。時計の重心は低く、ケースはビジネスウォッチ並みに薄く、メッシュベルトは完全な微調整が可能だった。時計メーカーは外される時計を作ることに躍起になっていたわけだが、一方でAppleは、外されない時計を作ろうと試みたのである。

Appleが本当に行いたいこと

そこで冒頭に戻る。Appleは、時計メーカーに対抗すべく着け心地を良くしたわけではない。カリフォルニアのIT企業は、ある意味、スイスの時計ブランドよりもはるかに「悪辣」だ。Appleが本当に行いたいことは、Apple Watchを売ることではなく、そこから収集したデータでビジネスを行うことである。数百万人の健康データを分析すれば、とりわけアメリカでは、ビジネスになる可能性は高いだろう。つまりそのためには、質・量共に十分なデータを集めることが必要で、露骨な言い方をすると、腕から外されない時計が必須になる。Googleもおそらく同じビジネスを考えているはずだが、プロダクトを見た限り、Google製のOSを搭載した多くのスマートウォッチは、装着感に対して驚くほど無頓着だ。

Apple Watchの成功を見て、多くの時計メーカーがスマートウォッチの分野に参入しようとしている。今やアメリカで500ドル以下の時計を売りたかったら、スマートウォッチ機能は不可欠という意見さえ聞くほどだ。しかし、着け心地まで考えたものがいくつあるかと思うと、はなはだ心許ない。

多くの時計メーカーは、今なお消費者に買い替えさせたがるし、装着者の腕を占拠することも望んでいないようだ。しかしスマートウォッチの時代、最終的な勝者になるのは腕上を占拠したメーカーになるのではないか。筆者の見た限り、そこにゴールを設けたのは、残念ながらAppleのみである。カリフォルニアの新興IT企業が、老舗の時計メーカーよりも着け心地を考えていたという事実は、決して軽くはない。

(文:広田雅将)

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