女性活躍阻む「日本型転勤」はなぜ生まれたか 転勤ありの夫婦は「子を持たない」が最適解?

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とはいえ、転勤するのが当たり前という日本型正社員の規範がこれっぽっちでも変わったわけではありません。むしろ、転勤を受け入れなければならないという法規定などもともとどこにもないのに、子育てなど特定の場合だけ配慮しなさいということで、そうではない普通の労働者は転勤しなければならないという暗黙の理解がかえって確立してしまったようにも見えます。

これはちょうど、育児・介護休業法が育児や介護の責任を負う労働者は時間外労働や深夜業の免除を請求できると規定したために、そうではない普通の労働者は長時間労働するのが当たり前だという暗黙の了解がかえってあからさまになったのと同じです。子育てや介護責任を自分で負わなければならない「例外」的な労働者ではなく、専業主婦やパート主婦が、その面倒を見てくれる男性労働者が、今日でもなお「普通」のモデルなのです。

少子化対策の一方で、働く女性を「子なし」に誘導?

こうした中で女性がキャリアを確立していこうとすれば、命じられればいつでも全国転勤が可能なように、足手まといになる子どもなど作らないでおくことがいちばんいい戦略になってしまいます。少子化対策もここ20年以上にわたって政府が鉦(かね)や太鼓で大騒ぎしているわりには、いちばん肝心の働き方のところでは、子どもなど下手に作らないように誘導しているようなものです。

この問題を少しでも打開しようと近年鳴り物入りで打ち出されたのが、ジョブ型正社員とか限定正社員と呼ばれるものです。会社の基幹的な仕事を長期的にこなしていくという点では「正社員」でありながら、職務、時間、空間が無限定の伝統的な男性モデルの日本型正社員ではなく、これらが限定された正社員モデルを作っていこうという発想です。現在すでに優秀な女性社員を引き付けるために、地域限定社員といった制度を導入している会社も少なくありません。

しかし、その後の動向はかなり残念なものでした。経営側が自分たちの人事権を制約されることにあまり好意を示さない一方で、労働組合や野党側はこれを解雇自由の陰謀だと批判したのです。仕事や職場が限定されるから、その仕事や職場がなくなったら解雇されてしまうのはけしからん、という議論です。

その背後には、何があっても会社の一員であり続けることがいちばん望ましいのだという伝統的な発想が垣間見えますが、それを維持するために(本当にどれだけの必要性があるのかわからない)定期的な転勤慣行を守り続けなければならないとしたら、意欲と能力のある女性たちにますます活躍してもらわなければならない日本社会にとって、かなりのマイナスになるのではないでしょうか。 

濱口 桂一郎 労働政策研究・研修機構労働政策研究所長

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はまぐち けいいちろう / Keiichiro Hamaguchi

1958年大阪府生まれ。東京大学法学部卒業。労働省、欧州連合日本政府代表部一等書記官、衆議院調査局厚生労働調査室次席調査員、東京大学客員教授、政策研究大学院大学教授、労働政策研究・研修機構の主席統括研究員を経て現職。日本型雇用システムの問題点を中心に、労働問題について幅広く論じている。主な一般向けの著書に、『新しい労働社会―雇用システムの再構築へー』(岩波新書)、『日本の雇用と労働法』(日経文庫)、『若者と労働 ー「入社」の仕組みから解きほぐすー』(中公新書ラクレ)、『働く女子の運命』(文春新書)などがある。

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