路面電車の「速度オーバー」事故は防げるか ロンドン路面電車の事故で浮上した課題

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アントワープのトラムに設置された速度制御システム。赤い針が制限速度を示している

そこで、アントワープでは地下区間に限って数百メートルごとに信号装置を設置している。システムとしては、線路脇に設置された信号を車両が読み取り、制限速度を超えていれば即座にブレーキが掛かるという単純なものだ。

信号には3色の灯火以外に制限速度を示す数字が表示されるほか、運転室内に設置された速度計にも制限速度を示す赤い針があり、その速度を超えるとブレーキが掛かる仕組みになっている。日本の首都圏の鉄道で広く採用されているATC(自動列車制御装置)に似たシステムだ。

もちろん、この装置は地下区間を走行しているときのみ作動するもので、地上へ出て道路を走行する時には、この信号は作動しない。

速度制御を行なう地上側の設備は基本的に線路に設置されるため、自動車の往来がある道路上の区間に設置することは不可能だが、必要とされるのは高速で走行する専用線のため、こうしたシステムを導入することは物理的には可能だ。

今回のケースでは、前方車両やほかの自動車との衝突ではなく、列車が単独で速度超過し、事故を起こした点が問題となっている。もっとも速度が出る直線区間の終端に急角度のカーブがあるという線路構造は、今回のケースのように減速できなければ大事故の恐れが高いことからも、安全装置の設置は十分検討の余地があるだろう。しかしながら、導入コストをどこが負担するのかなど課題は多い。

運転再開に地元住民の複雑な思い

運行再開後、トラムは安全への取り組みについて理解を求めるポスターを車内へ掲示し、カーブでは以前よりかなり速度を落として運行している。クロイドンでは将来的なトラムの延伸も計画されているが、この事故によって市民が反発し、計画が頓挫しては困る。とはいえ、安全対策について早急に対策を講じなければ、普段の利用者である市民も納得できないだろう。

事故から1週間が経った夜でも、現場には祈りを捧げる人の姿が途切れることはなかった

現場付近を通るA232号線の道路沿いには、複数個所で献花が行なわれている。事故から1週間が経った夜10時頃でも、現場には祈りを捧げる人々が途切れることなく訪れ、ろうそくの灯火が絶えることはなかった。花束と共に、犠牲者の写真とメッセージ、それに生前応援していたであろう、地元クリスタルパレスのサッカーチームの旗やユニフォームで埋め尽くされている。

地元住民の複雑な思いを乗せ、トラムは運行再開された。

橋爪 智之 欧州鉄道フォトライター

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はしづめ ともゆき / Tomoyuki Hashizume

1973年東京都生まれ。日本旅行作家協会 (JTWO)会員。主な寄稿先はダイヤモンド・ビッグ社、鉄道ジャーナル社(連載中)など。現在はチェコ共和国プラハ在住。

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