32歳婚活女子を混乱させる浮気男の「言い訳」 東京カレンダー「崖っぷち結婚相談所」<16>
知樹への憎悪が心の中で渦を巻きながらも、杏子は表面的には、やけに冷静だった。
少し前の、結婚相談所に通う前の杏子であったら、違っていたかもしれない。きっと、すぐに喚き散らし、じっとしては居られずに、下手すれば知樹の元に怒鳴り込んで行っただろう。
「感情的になるな」
「大人になれ」
「主観的に物事を判断するな」
婚活アドバイザーの直人に口酸っぱく教えられた教訓は、知らぬ間に杏子の中で活きているようだ。知樹のことはショックには違いないが、こんな事態を意外にも冷静に受け入れている自分は、以前よりも少しはマシになった気がした。
―まだ、起きてますか?―
丸一日以上空いた、次の日の深夜1時。とうとう知樹から返信が来た。杏子が起きていると返事をすると、知樹は電話をよこした。
「杏子、ごめん。ちょっと仕事でトラブルが起きて、バタバタしてたんだ……」
「……そうなの」
知樹は5分ほど、そのトラブルがああだこうだと、他愛ない言い訳をした。どこまでも白々しい男だと、杏子は最初からシラけた気分になる。
「ところで、俺たちの関係だけど……」
「……」
「杏子は本当に魅力的な女性だし、久しぶりに一緒に過ごして、すごく安心感があったよ。あぁ、やっぱり杏子はいいなって……」
「……そう。それで?」
「そうだけど、でも、俺たちももう32歳だろ...? 正式に付き合うのは、見切り発車な気がするんだ。前に一度別れたわけだし...」
「……」
「いや、でも誤解はしないで欲しい。他の女性がどうこうって意味じゃないし、杏子が一番には変わりないんだ。それに最近は、“付き合う”って意味が、よく分からなくなってもいて……」
「……でも、由香には付き合おうって、しつこく言ってたのよね? 他にもそういう女性が何人もいるって聞いたわ」
杏子がそう反撃すると、知樹はハッと息を飲み、突然口調をガラリと変えた。
「あの女豹の言う事なんて、信じるな!」
「そんなこと、一体誰が杏子に吹き込んだんだよ? もしかして、由香ちゃん本人? やっぱり、とんでもない女だな。俺、そういう口の軽い女が、一番嫌いなんだよ!」
知樹は、それまでのションボリと言い訳をするような下手な口調とは打って変わり、急に怒りを露わに声を荒げた。