32歳弁護士、最愛の恋人を捨てた薄情の代償

東京カレンダー「新・婚活事情」<9>

正直、彼女の可愛さは中の上くらい。決して派手ではなく、どちらかと言うと地味な印象の彼女に、自分がそこまで夢中になるなんて、全く想定外だった。

彼女に惚れ込んでしまった一番の理由は、たぶん、物凄く料理上手だったことです。特に彼女の和食の腕前は、目を見張るほどだった。週末に彼女が泊まりに来ると、日曜の朝には、温泉旅館で出されるような朝食がズラっと並ぶんです。出汁の効いた味噌汁、卵焼き、煮物、焼き魚、炊き立ての白米。あれは感動モノでしたよ。季節の料理なんかにも詳しくて、いつも旬の食材を美味しく調理してくれるんです。

手際も良くて、リズム良く料理をする彼女は、本当に魅力的で、よく見惚れました。「女は男の胃袋を掴め」なんてよく言うけど、あれは本当に、その通りだと思います。それに彼女は、とても優しい性格でした。仕事に振り回されてデートをドタキャンしたり、連絡が疎かになっても、彼女の穏やかな笑顔は全く崩れることなく、いつも僕に優しいねぎらいの言葉をかけてくれた。

彼女に癒やされ、甘える生活が、段々と息苦しくなる

言葉は悪いけど、最初は、彼女みたいな地方出身の普通のOLが、僕みたいな男と付き合えるなんて、ラッキーだよなぁって思っていたんです。

でも、彼女の圧倒的な女子力の高さは、その辺の可愛いだけの女の子とは、比べものにならなかった。これも変な例えかも知れないけど、彼女といる時間は、田舎の優しいお婆ちゃんの家で甘やかされているような、そんな感覚がありました。きっと、彼女の実家が、そんな家だったんだと思います。

留学もする予定だったし、彼女には折を見てプロポーズする、僕は本気で、そう思っていました。

彼女のことが、本当に好きだった。結婚もするつもりでいた。でも、優しい彼女に甘え癒やされる生活が続いて行くうちに、僕は段々と、怖くなってきたんです。

付き合いは2年を経過し、彼女とは半同棲のような生活をしていて、身の回りのことは全部して貰っていました。完璧に揃ったキッチンの料理道具一式、ピカピカにアイロン掛けされたクローゼットの中の洋服、埃一つ見当たらない整えられた部屋。

そして、付き合った当時から全く変わらない、彼女の優しい笑顔。まるで、通い妻でした。そして僕は、彼女の存在が、段々と息苦しくなっていった。

上手く説明できないし、最低な男だということは、自分でよく分かってる。でも、彼女と結婚して、そんな平和な生活が一生続くと思うと、直感的に感じたのは、「幸せ」ではなく、「恐怖」だったんです。

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