「ひたちなか海浜」赤字路線脱し驚きの延伸へ 派手な話題では再生できない「復活への軌跡」

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これらの取り組みは、実際に大きな成果を収めている。ひたちなか海浜鉄道が発足した平成20(2008)年度の通勤定期利用者は12万7320人。それが平成27年度は17万5040人にまで増加した。通学定期の伸びはさらに大きく、29万1000人が38万4514人まで増えている。

湊線の利便性はかなり沿線住民にも定着しているようで、震災後に沿線に転居してきたというある女性は、「湊線があるからここに住んでも困らない」と話す。「夫は湊線で通勤していますし、子供ももちろん湊線で通学しているから安全面も気にならない。それに、日中私が買い物に行くときは自由に車が使えるので便利です。都会の電車と比べて本数は少ないですが、1時間に1本というわけでもないですから、困ることはほとんどないですよ」

別の女性も言う。「昔はウチの夫も車で通勤していたんですけど、それだとお酒を飲むと代行を使うからどうしてもお金がかかるんですよ。だけど定期を使うようになってからその心配がなくなった。ただ、車通勤時代と比べて飲んで帰ってくる日が増えたのが困りものですが(笑)」

吉田社長はこうした地域との関わり方について、「もともと定期利用者は潜在的にかなりいたということでしょう。それをダイヤ改正や営業活動を通じて掘り起こすことに成功した。ひたちなか市は産業が揃っていて人口もそこそこ多いので恵まれている側面はありますが、他の地方鉄道でも掘り起こせる余地は充分にあると思います」と説明する。

お金がかかる「観光列車」はいらない

そして、この“定期利用者”という軸があるからこそ、観光利用者の促進という第二の手を積極的に打つことができるのだ。

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ネモフィラの花が咲き誇る5月のひたち海浜公園(写真:tarousite / PIXTA)

「観光にも手を抜いているわけではありません。沿線観光地との連携や阿字ヶ浦駅から海浜公園に向けてシャトルバスを運行するなどの取り組みが実際に成功しています。シャトルバスの運行を始めてから、ひたち海浜公園にネモフィラが咲き誇るGW中の利用者は130〜150%の増加率。

さらにこれらのお客様は、こちらから特にPRしなくても那珂湊駅で途中下車して『おさかな市場』などに足を運んでくれる。こうした波及効果が生まれるのも鉄道ならではといえるのではないでしょうか」(吉田社長)

また、ひたちなか海浜鉄道では他の地方鉄道のような観光列車の運行を行っていないのも大きな特徴の一つだ。そこにも狙いがあるという。

「観光列車は車両の改造から運行までとにかくお金がかかる。それに最初はよくても飽きられてくると乗車率は下がっていきますし、そうすれば赤字です。そこで、ウチでは赤字にならないよう、貸切制のビール列車を運行しています。予約が入れば走らせればいいし、なければ走らせなければいい。いくら話題になっても、コストがかかりすぎて赤字になっては観光列車の意味はないですから」(吉田社長)

とは言え、いずれにしてもこうした観光路線としての取り組みも、定期利用者をいかに確保できるかが大前提となる。公費での支援を求めざるを得ない以上、ただ地域のシンボルであるだけでは不充分。実際に地域の足として欠かせない存在になってこそ、公費での支援への理解も広まるし、経営面での基礎もできるのだ。

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