子なし夫婦「私は夫を尊重して産まなかった」 それでも掴んだ、彼女なりの幸せ
だが、彼の纏う穏やかな雰囲気や、優しい眼差し、どっしりとなんでも受け止めてくれる大らかさに次第に惹かれ、美和子の方が彼に惚れ込んだのだ。それは、彼がグラスを持つ仕草まで愛しく思えるほどだった。
付き合いが半年を過ぎた頃、徐々に結婚の話が出るようになった。そこで彼から一つだけ断言されたことがある。
「もう子供は持ちたくないから、美和子と結婚しても子供を作るつもりはない。それを受け入れてくれるなら結婚を真剣に考えて欲しい。」
彼は今までになく真剣な表情でそう言った。それまで、結婚したら子供を持つのかな、となんとなく思っていた美和子にとっては思いもしない言葉だった。
「自分勝手で申し訳ない」と彼は何度も謝り、「美和子とずっと一緒にいたいが、美和子が子供を望むなら別れも覚悟する」とまで言った。
彼に理由を聞いてみると、前回の結婚で出産を機に妻だった女性の性格がガラリと変わってしまったのが軽いトラウマとなっているからだと言った。いわゆる産後クライシス状態となり、彼の努力も虚しく赤ちゃんを連れて四国の実家へ帰ってしまったのだ。
今は、養育費を送り年に1回は子供と会うことができるそうだが、彼にとって、当時のショックは相当なものだったことは察しがつく。だから再婚してもまた同じ状況になることを彼は危惧しており、であれば最初から子供を持たないことが最善だというのが、彼の答えだった。
美和子は、このことを友人たちに相談すると皆口を揃えて「きっと後悔するよ」だとか「本当にそれでいいの?」や「夫婦の愛情なんてそんなに長続きしないんだから、子供は必要だよ」と言われた。
10年間変わらない愛情を持ち続けている
美和子も最初は子供を持たないと決断できずに、彼との別れも考えたほか、やはり真治との子供を欲しいと思い何度も話し合った。だが、彼の考えが変わることはなかった。
時間をかけて考えた末に、真治を失うくらいなら子供は持たなくていいと考えるようになった。真治以上に愛し合える人にはもう出会えないと思えたのだ。自分の選択を後悔する日が来るかもしれいという怖さも少しはあった。だが、もしそうなった場合は、感情をコントロールして乗り越えるのだと一人で固く誓った。30代にもなれば、感情のコントロール方法にも長けてくるものだ。ただ何よりも、彼を失うことの方が怖かった。
美和子がもともと、子供は絶対欲しい!というタイプではなかったことも大きい。熱中できる仕事も持っている。そして、自分にとって一番大切な存在は真治なのだと再確認し、つっかえていたものがストンと落ちたように、納得できた。