熊本地震の被災者が見た恐怖と避難のリアル

震災への備えが不十分な地域でそれは起きた

どこから手をつけていいか分からないほど、モノが散乱しています

ところが翌16日に日付が変わって就寝した直後(1時25分)です。予想もしていなかった大きな揺れが再び襲ってきました。後で「本震」と定義されたようですが、1回目の大地震よりも激しく長く揺れました。体感としては1分ぐらいだったでしょうか。阪神大震災などで住宅が潰れた映像が頭をかすめ、「ああなってしまう」「これは逃げられない」と思いました。何もできず、毛布をかぶって家族で声を掛け合って、揺れが収まるまでひたすら耐えました。

外に出てみると、屋根瓦が大量に散乱していました。目視で確認したところ、3分の1ぐらいが落ちてしまったようです。そして軽自動車を入れていた納屋は倒壊してしまいました。

実は1回目の大地震以後に益城町の震度計は壊れてしまったそうです。2度目の地震は熊本中央の震度6強が最大だったと伝えられていますが、1回目の揺れが震度7だったのであれば、益城町は2回目も震度7以上だったはずだと言い切れるほどのすごい揺れでした。

重い屋根瓦の家は大地震でダメージを受けやすい

16日未明の大地震の後、実家の屋根瓦が大量に落ちていました

熊本のような地方では、屋根瓦に凝る人が少なくありません。良い屋根瓦を載せていると立派な家に見えますし、それがステータスのようになっています。

でも、立派な屋根瓦ほど重いので大地震のときには家に大きなダメージを与えてしまうのだというのを、阪神淡路大震災で同じく瓦屋根の家が全壊になったという被災者に後で聞きました。納屋がつぶれてしまったのは、母屋に比べると簡素な構造の割に立派な屋根瓦にしていたからかもしれません。軽いスレート屋根だったらどうだったかと思いました。

熊本の人はこれまで家の耐震設計へのこだわりがあまりなかったように思います。あくまで印象ではありますが、益城町周辺で大きく損傷した一軒家を見ると、伝統的な工法で建てられた築年数の古い屋根瓦の家が多く、ハウスメーカーが建てたようなパネル式の住宅は、比較的損傷度合いが小さいように見えます。

私を含め、熊本地方に住む人には「地震に備えなければならない」という意識が総じて希薄でした。長らく大きな地震が起こってこなかったからです。これまで阪神淡路大震災や東日本大震災など、過去の大震災を振り返ってテレビで防災関連の番組が続くようなときに、TSUTAYAなどのレンタルビデオ店が繁盛してきたのが熊本。「地震は自分たちには関係がない」と周りはもちろん、私もそう思っていました。

たとえば地震を想定した防災訓練は学校レベルではやってきたかもしれませんが、地域レベルでやってきませんでした。事実、私は地元の消防団にずっと所属していましたが、記憶はありません。

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