ザッカーバーグの「巨額寄付」は美談ではない 寄付の枠組みを知れば、真の狙いが分かる
450億ドルという金額は、雇用創出や公共投資に何を意味するのか。米疾病予防管理センター(CDC)の予算は約70億ドルだ。そこにもっと資金を費やしてもいいのかもしれない。
社会は、選挙で選ばれた者たちを通じて、社会の構成員に税金を課している。そして選挙で選ばれた者たちが、集められた資金の用途を決定する。だが、ザッカーバーグがやろうとしていることは違う。1人ですべてを決めようとしている。
もちろん政治家に、資金をうまく分配する能力があると言うつもりはない。政治家は、役立たずの集まりだ!そしてザッカーバーグなら、優れた決断を下せるかもしれない。
いや、違うかな。デール・ラスコフが『The Prize: Who’s in Charge of America’s Schools(ザ・プライズ――アメリカの学校の責任者は誰だ)』で指摘しているように、ザッカーバーグはニュージャージー州ニューアークの教育システムに1億ドルを寄付したが、その資金は彼の意図するようには使われなかった。
巨額寄付で明らかになったこと
ザッカーバーグはその失敗から学んだというが、今回の450億ドルはまだどこにも使っていないから、彼がニューアークの失敗を繰り返さないかどうかは、私たちには判断しようがない。
ひょっとすると私のほうが、450億ドルの資金をうまく分配できるかもしれない。もちろん私が決める使い道に賛成しない人は大勢いるだろう。ザッカーバーグの太っ腹なカネの使い方が好きな人は、コーク兄弟やジョージ・ソロスのカネの使い方を気に入らないかもしれない。
ザッカーバーグの莫大な寄付は(彼が約束を実行に移したらの話だが)、儲けたカネは社会に再投資するべきであることを明確に肯定したことになる。また、450億ドルものカネを、自分1人あるいは家族のために使える人間はいないし、そもそもそのカネは「彼のもの」ではないことを暗に認めたことになる。
だからこそ社会は、そうした資金の使い道を大富豪個人の善意や知恵に任せるべきではない。一種の富裕税として、その一部を一律に徴収する必要がある。
私たちの社会は、少数による独裁になりつつある。一部の人たちと違って、私はシリコンバレーの新しい独裁者たちの登場に、あまり興奮していない。
(執筆:Jesse Eisinger記者、翻訳:藤原朝子)
*Jesse Eisinger氏は調査報道専門のネットメディア米プロバブリカ記者
© The New York Times 2015
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