中国高速鉄道「5万km突破」消えゆく在来線の面影 大変貌を遂げた"人民の足"発展の陰で「ある問題」も

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

中国の鉄道高速化は、当初は在来線の改良によって進み、2000年代半ばから高速新線の建設に移行して現在に至っている。その流れを見てみよう。

1980年代の中国の鉄道はまだ速度が低く、旅客列車は平均的に時速40km台で走る前提のダイヤが組まれていた。筆者が初めて中国を訪れた1985年に列車で両都市間を移動した際は、夕食前に出発して翌日の昼食ごろに到着し、所要時間は約14〜16時間だった。現在、同区間を結ぶ高速鉄道の最速列車は4時間20分を切っている。同様に、現在は高速鉄道で約75分の上海―南京間は7時間近くを要した。

中国 1980年代 ローカル列車
中国・海南島を走っていたローカル列車。現在はリゾート地として知られる三亜付近にて=1992年(筆者撮影)
【写真】蒸気機関車が牽く貨物列車。1990年代はSLの姿もまだまだ見られた

新トンネルや線路改良で高速化

当時は在来線の改良による輸送力の増強とスピードアップが進んでいた。その一例が、北京と広州を結ぶ幹線、京広線の坪石と楽昌(ともに広東省)を結ぶ旧線区間である。

ここは山脈が横たわり、南北を結ぶ回廊はもともと広く開けた場所ではなく、地形の隙間を縫うような経路だった。京広線も武江の峡谷沿いに線路が通っており、曲線が多いこの区間はボトルネックとなっていた。

同区間は1987年に「大瑶山トンネル」(約14.3km)が貫通し、その後峡谷沿いではなく山脈を貫通するルートに変わった。同トンネルは、中国で初めて長さ10kmを超える鉄道トンネルとして7年をかけて建設された。これによって同区間はスピードアップが図られた。

緑皮車 坪石第一隧道
坪石付近のトンネルを走る客車列車(筆者撮影)
この記事の画像を見る(27枚)
次ページ在来線で最高時速160kmに
関連記事
トピックボードAD
鉄道最前線の人気記事