「合法的に殺されるな」と思ったよ…藤原喜明が30年前の【クマとの試合】で"死を覚悟"した瞬間

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

どうやら次の日がテレビマッチだったらしく、キラー・カーンの顔があまり変形してもよくないってことでな。結局、俺の反則勝ちってことになったんじゃないかな」

逃げるくらいなら、闘って死んだほうがマシ

その後も数々のケンカマッチをくぐりぬけてきた藤原は、のちにとんでもない"試合"を呼び込むこととなる。

1990年代、藤原はコワモテのキャラクターで、バラエティタレントとしても成功。その流れで、93年末にテリー伊藤が総合演出を手掛けるTBSの『爆裂!異種格闘技TV』という番組の企画でカナダに飛び、山の中でクマと対戦することになったのだ。

プロレスラーとクマの闘いは、主に1950年代から70年代頃まで、たびたびアトラクション的に行われており、その時代にアメリカマットで活躍したマサ斎藤、グレート小鹿、ミスター・ヒトらもクマと対戦している。

ただ、それらは人間にケガをさせないように調教され、しっかりとレスリングの動きも仕込まれた、通称「レスリング・ベア」。しかし、藤原がバラエティで対峙したのは、調教されていない野生にかぎりなく近いクマだった。

「あん時は、テリー伊藤に騙されてカナダまで連れていかれて、ひでえ目に遭ったよ(笑)。

俺がやったのは、一応は人に飼われているクマなんだけど、クマっていうのは、調教されたサーカスのクマでも11月から3月くらいの冬眠期は凶暴なんだよ。俺がやったのは、たしか11月30日だから、まさに冬眠期の凶暴な時(笑)。

冬眠したいのに、無理やりタンパク質が多いニワトリのアラをばんばん食わせて、番組のために起こしておいたんだよ。それで『準備できました!』って言われて現場に行ったら、飼い主が傷だらけで血を流してるんだよ。『ここに連れてくる時に襲われた』って(笑)。

飼い主でもやられてるのに、俺は赤の他人だからな。それでスタッフに『大丈夫だろうな?』って聞いたら、『大丈夫です。たっぷり保険に入ってますから!』って。それ、危ないと思ってるんじゃねえか! って(笑)。

次ページ「ここで死んだほうがマシだなって思って」
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事